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大樹の溜息
南大樹は入院費用をカードで支払い、退院手続きを終えてほっと一息ついた。
外来は人が溢れている。人に酔ってしまいそうだ。タクシー乗り場を横目に見て、バス停までトボトボ歩く。
お金は貴重だ。働かなければならない。無職の今、余計なお金は使いたくない。
それが度を越して今回は入院してしまった。本末転倒だ。
バスを乗り継いで自宅に戻る。2階建ての築30年を超えた家。ここで祖母と両親と妹が暮らしていた。いや、妹は殆どいなかったけれど。
相続税の関係で売却しなければならない。戸惑いもあった。
ただ、病院の相談員の塩澤がシェアハウスというものを教えてくれて、その窓口の三角不動産はこの地域では昔からある大きな不動産屋だった。
シェアハウスの見学と共に査定をお願いしてもいいかもしれないと思う。
一方でこの家を売ることについていなくなった家族がどう思うか考えると気が重い。自分で働いてこの家を維持できないかと考えてしまう。
高校中退で、あまり学校に通っていない、社会性のない僕にできる仕事なんてあるのか? その思いがぐるぐると駆け巡り、大樹はため息をついた。
止めなきゃ、こんなことを考えているとまた倒れてしまう。
大樹は立ち上がり自室に向かう。小学生の頃から使う布団はとても小さいけれど、落ち着く空間だ。そのまま眠ってしまった。
目が覚めると日は高く昇っている。見学に行かなければならない。確か、11時現地集合だ。
「うわっ、間に合うのか?」
慌ててシャワーを浴び、服を着替える。思い出して水と薬を飲んで家を出た。
確か、歩いて20分くらいだった。間に合うはずだ。
「…あれ?」
強い日差しに道が歪んでいる。目の前が暗くなってきた。
「南さん」
何とか振り返ると車があって、運転席から市役所の島田が身を乗り出して手を振ってきた。
この人はいつもキラキラ眩いオーラを放っている。光は陰があるから余計に輝くらしいけど。でも、今日の太陽くらいに眩しくて、でも温かい。
「戻る途中なんです。送りますよ」
やけにタイミングが良すぎるけれど、このままではまた病院に後戻りになるような気がして、島田の誘いを受けることにした。
「ありがとうございます。シェアハウスに行こうと思ったら今日も暑くて」
「役所に近いし、送ります。あのシェアハウス、ちょっと濃い人が多いけれど、悪い人間はいませんから」
濃い人…。そうだ、初対面の人たちと一般のアパートよりも濃い人間関係で生活できるだろうか。
大樹は急に不安になる。こんなことに思いいたらなかった自分に嫌になる。
でも、お祖母ちゃんのグループホームの人たちも濃い人だったなぁと思いだせば、恐れることはない気がしてきた。
島田の車を降りると三角不動産の担当者という男性と中性的な美人がすぐに現れた。
「三角不動産の西崎です。お迎えに上がればよかったですね、帰りはお送りしますよ」
「ここのオーナーの大熊葵です。今日はゆっくりご覧になってくださいね」
女性にしては低めの声。見惚れてしまう。
「あ、あの病院の塩崎さんと市役所の島田さんの紹介で。南大樹です。よろしくお願いします」
頭を下げたら目の前が暗くなった。西崎さんが慌てて僕の体を支えてくれる。
「まずはリビングで。西崎さん、お願いしますね」
なんてことないようにさらりと流して大熊さんは先を歩く。
「ゆっくり行きましょう。ここは中庭につながっています。正面にあるのは大熊さんのご自宅兼店舗、右がシェアハウスB&B、左の建物は地域交流スペースと子どもカフェです」
意外と広いスペースに絶句する。
そして気がついた。リビングにいるおばあさんととてもきれいな女の人と天使のような少女と少年が僕をガン見している。
普通ならば怖いのに何だか現実味がないくらいにキレイだ。
「あの…、ここは…モデル事務所か何か?」
「ああ…書類審査があるのかって聞かれますけど、あの三人とオーナーの葵さんは見た目と中身は全く違う残念な人たちですから、まったく気後れする必要はありません」
にっこり微笑む西崎さんが怖い気がした。
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