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シェアハウスのざわめき
「なんか、学生みたいなんだけどー」
松倉深耶の目が輝いている。隣の弟の光が冷めた目で見学者の南大樹を捉えた。
「童顔なだけだろ。涼真と肌の艶が違う」
今ここにはいないシェアハウスの住人で、光と同じ高校に通う石上涼真を引き合いに出して姉の深耶の発言を否定している。
「いいじゃない、そんな重箱の隅をつつくようなこと言わなくても」
「深耶が大雑把すぎるから」
「あんたたちはいちいちうるさいね」
お目付け役の小谷野幸子が顔を顰める。最年長、80歳を超えた幸子は心底うるさいと思っているような顔で姉弟を見る。
その横でくすくす笑う原島彩弓を幸子は睨んだ。
「あんたはね、大人しくしてるんだよ。そうしてたら普通の人に見えるから」
「普通じゃないわよ、彩弓ちゃんは美魔女」
「だからそれが余計なんだよ」
小声だがかしましい。大熊葵はちらっと見るだけでそのまま奥に入り、人数分のお茶を持ってきた。
すぐに深耶が手伝う。
「葵ちゃん、私たちも同席していいの?」
「そのつもりでいるんでしょ。彼、病み上がりだから疲れさせないで」
「は〜い」
大学生のはずだが、もっと幼く見える深耶の言動も咎めない。この住人達と共同生活ができなければ入居はないので、普段通りでよいと思っている。
このシェアハウスは訳があって地域で暮らすにはちょっと辛い人たちが入居している。住人の出入りはあるなかで、今ここに集う人たちは数年単位で暮らしている。彼らと上手く生活できることが入居条件の一つだ。
西崎と大樹がリビングに入ってきた。そつなく光がソファに案内する。深耶が楚々とお茶を運ぶ。
光と深耶をみて大樹が「天使だ」と呟いた。色白で浮世離れした美貌は正に天使。
西崎が大樹の体調を気にしながらシェアハウスの説明を始めた。同じテーブルに大熊葵が座り、他の入居者はその隣のテーブルにつく。
「素敵なところですね。リビングも気持ちいいし」
「お部屋もご覧ください」
大樹が視線を下げる。
「…今の家を処分しないで済むならあの家で暮らしたいんです」
「今のご自宅で生活できそうですか?」
大熊が尋ねる。
「相続税の関係で難しくて。働いて何とかなればいいんですけれど、僕、働いたことがなくて」
「お父様の介護をされていたんですよね。その前もご家族の介護や世話があったと伺いました」
「はい。だから、皆が暮らしていた家を処分するなんて自分が不甲斐なくて。僕が働けば何とかなるかもしれないし…」
「それが南さんの生き方? 人生?」
西崎が嫌な顔をする。顔には『始まったー』と書いてあるようだ。
「僕の人生?」
「そう、南さんの人生」
大樹が黙ってしまう。
「僕の人生ってなんでしょうね。僕は僕だけが生き残ったのだから、だからこそ家族のために家を守りたいと思うんです。でも、それは…僕のためではなくて、家族のため? 家族を言い訳にした僕のエゴ?」
「南さん、そんな自分を責めないで、葵さんあなたはきついんですよっ」
西崎が慌てる。
「違うよ、違う。家族に優しいように自分にも優しくしていいんだよ」
幸子が立ち上がって、大樹の隣にやってきた。
「私も生き残ったの。夫も子ども達も孫も皆いなくなっちゃってね。この年になってこんな穏やかな時間を過ごせるなんて思ってもなかったの。でもね、良いんだよ。いいんだ」
額に刻まれた深い縦皺がさらに深くなっている。
「辛い時間を過ごされてきたんですね。今は眠れますか?」
大樹の質問に幸子の顔がひきつる。
「…夜は寝なくてもいいんだよ」
「そっか。そう考えたら気が楽ですね」
邪気のない微笑に幸子の毒気が抜かれる。
「僕は何だかどうでもいいことを思い出しちゃうんです。あの日、取り替えたシーツが暑かったかなとか、あの時に優しくしておけばよかったとか。きりなく反省と後悔と焦りしかない。夜に寝るとか、ご飯を食べるとか、申し訳なくて」
透明な微笑みに場が静まり返ると思いきや…。
「覚えているのも大変ね。その辛い時代から歩き出せなくなっちゃうのだから。でも、それって何年前の話なの?」
「彩弓ちゃん〜っ(黙って〜っ)」
「あら、だって自分の人生よ。今の自分を大切にしなくちゃ、否定していたら自分として生きられないわよ、深耶さん」
毅然として天使のような深耶を見据える彩弓。居心地悪そうな深耶に弟の光が助け船を出す。
「彩弓さん、今は南さんの見学会ですよ」
途端に彩弓が視線をキョロキョロさせて、大樹を見つけると目を見開いた。
「お客様? 誰?」
「見学者だよ。今はお黙り」
幸子に睨まれて、美魔女の彩弓は肩を竦めた。
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