長い日曜日

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午後の早い時間で一旦切り上げることになった。月曜日からまた忙しくなる。不登校の子どもの居場所を確保しなければならない。 孝之は関口が心配してくれているのも感じていた。彩弓と話さなければならない。 帰り道、花屋でバラの花を見た。梅雨の晴れ間に店先で咲いているその花は香りもよく、彩弓も好きだった。 バラの花、前から用意していた誕生日プレゼントのシンプルな一粒ダイヤのネックレス。小ぶりなものを選んだので、仕事中もできると思う。 ケーキも買いたかったが、吐き気がして店に迷惑をかけてしまうことがためらわれてケーキは諦めた。 マンションに帰る。少し緊張しながらリビングのドアを開けた。 「ただいま…」 またしても人の気配がない。 「彩弓?」 違和感がして目を凝らす。 「!」 写真がない。そう思ってきょろきょろした視界の端にそれが見えた。 彩弓のお気に入りのフォトフレームに入った写真が床に落ち、フレームが壊れて歪んでいた。 孝之の手からバラの花が落ちて、花弁が散る。 拾い上げた写真には少し傷がついていた。 「…危ないな」 ガラスを片付けなくちゃ。のろのろと立ち上がる。 掃除機をかけて、写真をフォトフレームから取り外した。 バラは彩弓をまねて花瓶に活ける。優しい香りが切ない。 彩弓はどんな気持ちでこの壊れたフォトフレームを放置したのだろう。もう、戻れないのか。 …何故…? 「やっぱりきちんと話し合おう」 孝之が呟いた時だった。家の電話が鳴る。 「もしもし?」 「原島さんのお宅でしょうか」 「はい」 同業者の臭いを孝之は嗅ぎつけている。身構えたつもりだったが、遅かった。 「私、警察署のものです。原島彩弓さんはそちらにお住まいですか?」 「はい。私の妻ですが、何かありましたか?」 「実は交通事故に遭われまして。ちょっと状態が悪くて大学病院に搬送されました。すぐに行けますか?」 交通事故? 状態が悪い? すぐには頭が追い付かない。 「原島さん、大丈夫ですか?」 「あ、はい、大丈夫です。わかりました」 電話を切って、大学病院に電話をする。救急外来につながり、看護師が早口に教えてくれた。 「電話では容態はお答えしかねます。病院に到着したら救急外来にお越しください。窓口に声をかけていただければわかるようになっています」 どうやら事故で運ばれたというのは本当のことらしい。義父に連絡を入れると、孝之は気持ちが落ち着かないままに馴染みになっている大学病院に急いだ。
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