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帰宅するとソファで孝之が寝ていた。寝落ちしてしまったらしい。
「起きて。風邪ひくよ」
「ああ、ごめん、また行かなくちゃなんだ」
顔を顰めて、ため息をついて。そして開いた目が赤い。
「どうしたの?」
「死なれちゃった」
孝之の仕事上、子どもの死は事故もあるし、病死もある。自殺もあるし、虐待や事件で命を落とすことも…。
守秘義務があるからこれ以上は聞けない。けれど、孝之が打ちのめされているのはわかる。多分、職場でこの姿を見せたくなくて、一度帰宅したのだろう。
「お茶でも飲む?」
「うん、あ、いいや。ありがとう」
私は知っている。孝之はこうなると食べ物も飲み物も体が受け付けず、吐いてしまうのだ。少し落ち着くまでは何も口にできない。
「彩弓に甘えて仕事ばかりして、こんな時にまた甘えてごめんな」
「…どうしたの? 何も甘えてないわよ」
「いや…居てくれるだけでいいんだ。彩弓が居るここが俺の家で、帰る場所があると思うと頑張れる。彩弓が居ない家は家じゃない…」
何で今更、こんなことを言うんだろう。怒りが体の奥底から湧いてくる。
「いつも放ったらかしなのに?」
「…」
孝之が立ち上がり、私に近づく。とっさに私は後ずさる。
「明日こそ一緒にお祝いしたかった。でも、多分帰れない。ごめん」
「…離婚して」
考えずとも言葉がするすると口から出てきた。
「勝手なことばかり言わないで、離婚して。私を自由にして」
「彩弓」
孝之の手をかわし、睨みつける。
「もう嫌なの。行ってよ、早く大好きな仕事に行ってっ」
その仕事で疲れ果て傷ついている孝之を私は思い切り突き放した。
少し落ち着いてから、写真を手に取る。ガーデンウェディングで、笑顔の新郎新婦が眩しい。
「あ」
あまりの眩しさに写真が手から滑り落ち、気に入っていた華奢なフォトフレームごと床に落ちて割れてしまった。
私たちの結婚生活のように。
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