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帰りの道すがら、まるで罪滅ぼしのように寧音は俺の質疑に応じてくれた。
「今はどこに住んでいるの?」
「祖母の家。ああ、『お祖母ちゃんちに行くことになった』なんて、真っ赤な嘘。今こそ、その祖母の家に居候しているけれどね」
寧音はどこまでも素っ気なく応える。
本当のところはこれまで児童養護施設にいたのだという。
「それは、両親が離婚したからか?」
どちらも引き取りたくないが為に、施設に預けられたのだろうか?
「まぁ、そんなところ」
寧音は曖昧に頷いた。
それがこのほど、父方の祖母から引き取りたいと役所に申し出があり、寧音本人の意向もあって、認可されたのだという。
「足腰悪くしててさ。ようやく小間使いにできる孫の有難さを解ったんじゃないの?」
鼻で嗤いながら、寧音は自嘲気味に零す。
とても家族に向けた言葉だとは思えなかった。
重苦しい話ばかりで、俺は頷くことさえ出来ない。
「年金暮らしのオンボロアパートだけど、施設よりはずっとましな暮らしだよ」
俺を安心させるかのように寧音はあっけらかんと話す。
それでも夕闇を映す寧音の顔つきは、何だか夜叉のように凄味があった。
「お……じゃなくて、わ、私んちで夕飯でも食べて行かないか?」
うちの両親や兄貴たちは大らかな人間で、きっと寧音を喜んで迎えてくれる。
きっと、懐かしんでもてなすに決まっていると、俺は請け合った。
「ふふっ。相変わらず変わんないね、巴は」
昔みたいに『トモちゃん』と呼ばなかった寧音は、昔の私ではないと線引きした様子で首を横に振った。
「帰ったら、祖母の小言と世話役の仕事が待ってるの」
Give&Takeで居候させてもらっている身だと寧音はこともなげに言う。
「私が成人するくらいまでは、あんな祖母でも長生きして貰わないと困るもの」
何もかもを諦めた虚しい笑みを寧音はのぞかせていた。
「そんなの、おかしくねぇ!?」
何でそんな肩身の狭い思いをしなけりゃならないんだよ?
「一体、寧音の親は何をやってんだよ?」
理不尽だと怒りを露にする俺に、寧音は驚いたように目を瞬いた。
「ははっ、親なんて引っ込んでくれていたらそれで御の字なの。中でも父親は一番、信用ならない。私は祖母と暮らしていることを絶対にあの男に知られたくない」
自分の父だというのに侮蔑を露にして、寧音は当りを探るように声を潜めた。
「児童ポルノとか、結構いい値で売れるの。それに売春もね」
養護施設にいた仲間には、実の親からそうした性的虐待を受けて来た子供も多いと、寧音は残酷を口にする。
いつ我が身がそうなってもおかしくないかのように、寧音は心底怯えた様子で両腕を握り締めていた。
「祖母だって、まるで信用していないわ。息子に年金をせしめ盗られるって考えているもの」
俺には全く想像の付かない世界を寧音は見つめていた。
血肉を分けた実の子だからこそ何処までも残酷になれるものだと、寧音は暗闇に向けて静かに呟いた。
ずっとましな暮らし?
嘘だ。
寧音はまるで綱の上を渡るような、不安定な足場を探るように生きている。
人権も、何もあったものじゃない。
「他人が独り、どう消えたところで誰も気にしないわ」
目を向けて貰えるのは死んだ後だと、底冷えするような怒りを胸に秘め、寧音はすっかり人間不信に陥っていた。
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