かけがえのないひと

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 寧音に家まで送られた俺は、後ろ髪引かれる想いで寧音の後ろ背を見送っていた。 「驚いた、今の子って寧音ちゃんじゃないの?」  いつの間にそこに居たのか、買い物袋を持っている母が俺の後ろ背にいた。 「あ、……うん。こっちに帰って来たみたいなんだ」 「そう……。でも、母さんはあの子にあんまり関わって欲しくないわ」 母らしくないその台詞に俺は眉根を寄せた。 「何でだよ?普通にいい子だよ。今だって、体調の悪かった俺を送ってくれたんだ」 経緯を説明した俺に対して母は、寧音を肯定も否定もせずにただ頷いた。 「でも、心配なの。あの子はともかく、あの子の親は最低だからね」 嫌悪感を剥き出しにして非難する母に、俺は眉根を寄せる。 「離婚してほっぽり出したから?」 母は黙した。 言うか言わざるかを迷うその素振りに俺は詰め寄った。 「母さんっ!」 母は観念したかのように話し始めた。 「……虐待していたのよ」 児童養護施設に保護されている子供の半数以上は、虐待によるものだと聞く。 「あの当時、あの子の小さな身体は傷だらけだった」 あの日の衝撃は今も目に焼き付いているという。 「夏場にあんたたちが水鉄砲で遊んでいたでしょう?」 濡れたままにして風邪でも引かせたら大変だと、脱衣所で着替えをさせた時に見たのだと母は言う。 「青痣だらけの上に、あの子の背中はタバコの火を押し付けた様な火傷だらけだった。それで、すぐに通報したのよ」 寧音を児童養護施設に保護させたのは俺の母親だった。 ――マジかよ……。 「蛙の子は蛙って言葉があるでしょう?あの子がどんな大人になるのか、母さんは心配なの」 寧音の祖母は、自分の都合ばかりのクソッたれだ。 その祖母の子である寧音の親父もクソッたれ。 寧音を見捨てる母親も然りだ。 寧音も? 寧音もそんな風に堕ちるのか? ――厭だ……っ!!! 俺は走っていた。 「と、巴っ!!!」 母の声など俺には聞こえない。いつだって聞けない。 俺が素直に頷けるのは寧音の言葉だけだ。 走って、走って、俺は寧音を追いかける。 もう絶対に見失いたくなかった。 「寧音っ!!!」 俺だってきっとあの頃のままじゃない。 寧音は驚いて振り返った。 そんな寧音を俺は勢いのままに抱き締める。 力の限り、数年越しの想いを焚き付けた。 きっと、俺が男の身体なら、華奢な寧音は痛がったかもしれない。 けれど、女の身体の俺が寧音を力の限り抱き締めたところで、たかがしれている。 「大好きだっ!!!だから行くなっ!!!」 そんな不安定な世界。 そんな残酷な世界に俺は寧音を独りで行かせたくない。 どうか消えてしまわないで欲しいと願う。 寧音はこの世でたった一人の、俺の救いだったのだから。 「トモちゃんは相変わらずだねぇ」 優しくて、愛おしい。 そう告げられているみたいに寧音は寧音らしい瞳に俺を映していた。 「そのまま変わんないでいてね。私の救いだから」 奇しくも寧音は俺と同じ気持ちを口にしていた。                              Fin.
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