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屋上に連れて来られた雪子は死を覚悟する気持ちでそこに立っていた。
この人生で男は顔より体さえ豊満であればやっていける楽なもんだと思って生きてきた。
男なんてチョロい。
そう思ってきたことを今、少しだけ後悔している。
「小田原 雪子さん、でしたっけ?」
乙葉の前で出すようないつもの甘い囁きボイスではない。これが彼の『本性』ってやつなのだろう。
これでもかってくらいに濃縮したような低い声で満面の笑顔でいる野木 渚がいる。
いや、彼の本当の名前は“青柳 渚(あおやなぎ なぎさ)”だったはずだ。
「これ、本人知ってんの?」
吐くように強がって言ってみたが、もう脚が小刻みに震えてきている。それを見透かして彼は小さく口角を引いていた。
「今はバラしたくない。見ての通り、乙葉ちゃんにゾッコンなんで。だから、余計なお喋りしたら困るんだよね」
童顔な癖して大人みたいな表情が垣間見える。
これが“裏組織に育てられた”子の末路なのかしら。
「言えるわけないでしょ。アンタが誰か知っちゃったら」
「へぇ、そこはオトモダチとして忠告したりしないんだ?」
ハッと吐くように笑いが出た。
「アンタが“本気”で好きならね。遊ぶ程度なら忠告なんかしない。乙葉ッチが捨てられても私たちがフォローするよ」
「あれ?耳取れちゃってる?ゾッコンって本気って意味なんだけど」
「アンタがそれ言う?女なんかいくらでも手に入るアンタが?!あの子に本気?!」
嘘でしょと思う。
だって彼は、関東最大の組織暴力団組織、青柳組の六代目の息子。
クラブでVIP席に入って行く姿を何度も見たことある。
そこでは天使みたいな顔した悪魔がいるんだと噂されていた。冷血非道の男という不名誉な肩書きはVIP席に同席していた女子たちから聞いた。
あの男はやばいから近寄っちゃだめだって。
白桜御の白学ラン見に纏ってるから天使に見間違えられてるんだと思ってたけど、見た目も可愛い顔してるからだった。
素行不良な素振りもなく、どこかのお坊ちゃんにしか見えない。まるで外国人とのハーフのような綺麗な出立は知る人ぞ知る、血に飢えた悪魔だ。
純白の学ランがVIP席から出てくる頃には真っ赤に染まって出てくる。
一度その姿を見てから、あたしはそのクラブへの出入りを辞めたんだ。
「star fairyに出入りしてた子だよね?」
生唾を飲み込む。
バレてる‼︎
「君が同伴してた男、ドラッグやってたの知ってる?」
「、、、まさか、揺すってる?」
「乙葉の仲良しの友達がドラッグやってるってことだけは避けたいよね」
ニッコリ笑ってみせるが、逆に怖くて仕方がない。
「あ、あたしドラッグなんて手を出したことなんかない!!」
プッと噴き出すように野木はおかしそうに笑う。
「知ってるって。でも、1粒でも君の部屋から出てきたら、誰がみてもやってるって思うよね?あのクラブに出入りしていたあの男と繋がりがあるんだから」
「そ、そんなことしたらアンタたちが経営してるクラブが摘発なんてされて」
「警察はとっくに知ってるよ。警察が下手に俺たちをムショに入れないのも、カラクリがあると思わない?」
それくらいは少し考えればわかるでしょ。と吐き捨てると、予鈴が学校内に鳴り響く。
乙葉ッチたち心配してるだろうな。
苛立ちと焦燥感に似た感情を押し殺して、深く息を吐いた。
「本気なんだよね?」
「本気だよ」
「なんで乙葉ッチなの?」
「小田原雪子さんに話す理由あったっけ」
「それすらも聞かせてもらえないわけね」
「ごめんね」
そこまでする理由って何なのかわからなかった。
授業遅刻してるけど、大丈夫かな。
お願いを聞いてくれるなら戻っても良いよと言われて解放された。
“お願い(脅迫)”ね。
こんなあからさまな脅迫ってあるんだなぁ。
怒られる覚悟で教室に戻ると、数学の先生が「お母さんからの連絡がきて遅れたんだってな。教科書38ページだから早く席につけよー」なんて言われてゾッとした。
なんだそれ、センコーも買収されてんの?!
野木 渚、怖っ!!!!
そんな本人は戻って来ないし、裏組織怖すぎる。
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