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「乙葉の手って小さいけど指長いね」
手を引かれながら、キスされた指を見つめられる。
漫画でもドラマでも見たことの無い展開に脳内がパニックだ。
そんなガン見しないでくれると助かりますと断るとあっさり手を下ろしてくれた。
「小さい頃ピアノしてたのもあったから指伸びたのかも」
「ピアノやってたんだ。じゃあ今度弾いてみてくれる?」
「下手だから聞かせられるほどじゃないよ」
「上手い下手よりも乙葉が弾いてる姿が見たいんだよ」
鮮やかなグラジオラスが花壇で揺れていて、夏の生ぬるい風が額をかきあげていくように吹く。
「聴きたいわけじゃなくて見たいだけなんだね」
恥ずかしい気持ちもあったが、冗談なのか本気なのか分からないその返答に思わず綻ぶ。
雨の上がった今日みたいな日は、湿度も高くて暑いのに、まるで暑さを感じないような野木くんの綺麗な顔をみると、時が止まったかのような錯覚さえ感じる。
「俺の知らない乙葉を見てみたいだけ」
「ミステリアスな野木くんの方が私は気になるんだけどなぁ」
正門を越えた辺りで「ミステリアスな方が興味そそられるでしょ?」と歯を見せて言う。
否定は出来ないけれど。
視線を下げ、肩にかけていた赤茶のスクールカバンをぎゅっと握り直す。
「彼女なのに野木くんのこと意外と知らないんだなぁって思って」
野木くんは右手を顎に当て、考える素振りを見せて言う。
「乙葉は俺の何を知りたいと思うの?」
「誕生日、とか?IDはさっき教えてもらったから、好きな食べ物とか!」
わぁ、なんか彼氏彼女っぽい会話できてるかも!
あからさまに喜んでいるのが伝わったのか、野木くんは口元を緩めて笑った。
「好きな食べ物はおにぎり。具は梅干しとおかかが好きでーす(笑)」
「おにぎり?!野木くんが?!」
見た目とのギャップで思わず声が大きくなってしまい、慌てて口を抑えた。その反応を見て彼は歯を見せて自慢するように口を開く。
「えー?おにぎりこそ日本で1番美味しい料理っしょー。地球が滅ぶことになったら最後の晩餐は、土鍋で炊いた新潟のお米でおにぎりめっちゃ食べたいよ」
「なんか白桜御学院からの転校って事が足を引っ張ってて、野木くんへのギャップが激しいよ」
フォアグラが好き!とか言われた方がしっくりくる。
「白桜御って言っても成績そんな良くなかったよ。授業中寝てたし」
「今もよく寝てるもんね」
授業ついていけてるの?なんて言葉に、彼は1週間前のテストの結果をヒラリと目の前に晒す。
「乙葉ちゃんが俺のこと見てくれていることに感動しちゃったからテストの結果見せてあげよう」
「凄い自信ある顔してるw」
赤点ではないんだろうなという考えでテストを受け取り、2つ折りにされていたのを人差し指でひょいと開いた。
「え?!満点?!すご、え?私97点だよ?!」
「この学校の先生の教え方が上手いんだろうね〜」
「野木くん寝てたよね?」
「寝てたけどちゃんと聞いてるよ(笑)」
「か、カンニング、、、?」
「疑うなんて酷い子だね、乙葉ちゃん。実力だよ」
青天の霹靂。
雷にでも打たれくらい、勉強は誰にも負けたくない気持ちでいたから、今凄く悔しいです。
でも、野木くんはおにぎりが好きだったり、白桜御学院から来ただけあってやっぱり頭はめちゃくちゃ良かったんだって知れたことが嬉しかった。
あと、調子に乗ったり嘘もたくさんついたりする。
ごく普通の男子高校生だった。
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