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「野木くん?」
涙が引いて、気持ちが落ち着いた頃に野木くんの番号をタップしていた。
『乙葉から電話してくるなんて珍しい!何かあった?』
図書館内の休憩スペースで、天井から床までガラス張りの壁に背もたれながら、夏の茜模様になった空を見て、息を吐く。
図書室を出た館内はガラス張りの建物になっていて、美術館のような綺麗な造りになっていた。
「野木くんの声が聴きたくなったの」
素直に気持ちを電話で言うなんて恥ずかしい。
でも、この気持ちを伝えたい。伝えなきゃいけないと思ってしまう。
電話の向こうは少し賑やかで、外にいるのだと察する。
『なにそれ、可愛いこと言ってくれるじゃん』
嬉しそうに鼻から抜けるような笑いを零した。
『乙葉に逢いたくなっちゃうなー』
吐息の隙間を縫って出る名前を聞くたびにキュンとする。
これが恋だと気付いてしまうと、もう一語一句聞き漏らしたくないと思ってしまう。
「旅行から帰ってきたら、水族館の約束もあるし」
『水族館は来週じゃん?』
そうだけど、、、帰ってきたらすぐ会いたいって伝えようと思って口を開く。寸前に、背後からコツンと何かが当たる音がして振り返った。
茜色に染まった髪が視野に入り、イヤホンを耳にした野木くんがガラスの窓に手を置いてこちらを見下ろしている。
『だから、これから少しだけデートしない?』
「野木くん?!」
驚きすぎてスマホを落とし、円をかくように転がる。
スマホを拾い上げ、そのまま駆け足で館内出口へ向かった。
外はタイルからの熱気がのぼってくる暑さにくらりとしたが、西日に当たる野木くんに見惚れてしまう。
ダボっとした黒のカットソー、白のセミワイドパンツを履きこなし、スポーツサンダル姿。
ホワイトトートバッグを肩から下げている。
「乙葉に逢いたくなって俺だけ帰ってきたとこだったんだ」
乙葉から声聴きたいって言われて、バス乗る前だったからここに寄ったんだと笑う姿に見惚れていると、野木くんはツンとひたいを小突く。
「スマホ、大丈夫?」
「あ、うん!びっくりしちゃって落ちたけど、スマホケースのおかげで」
「勉強もう終わり?」
スマホ無事でよかったねと言われるけれど、まだ実感が湧かない。
目の前に野木くんがいる。
「乙葉?」
視線を合わせようと屈んで覗き込んでくる。
キョトンとしている彼の表情を見て、思わず顔を逸らした。
「旅行行ってると思ってたから、その、さっきの電話で言ってたこと恥ずかしくなっちゃって」
本人が居ないからこそ言えた「声が聴きたい」であったのだ。聴きたかった本人が目の前にいるとなると、居た堪れないほどの羞恥心が込み上げてくる。
「そういう反応されると、俺もなんか、恥ずかしいな」
夕陽のせいで野木くんの照れてるのが分かりづらかったけれど、少し困ったように眉を下げているのをみると、なんとなく同じ気持ちなのかもしれないと思ってしまう。
「なんで野木くんが照れてるの?」
可愛くて思わず笑ってしまうと、彼は遠慮がちに呟く。
「自意識過剰なのは分かってるつもりなんだけど、『好き』って言ってる顔に見えてさ」
さっき自覚したばかりの感情をすぐに察せるところに驚きを隠せない。そして本当に隠せてなかったのか、野木くんは手の甲を口元を抑えて瞳を輝かせていた。
「今、世界中の人に俺の彼女が可愛すぎるって自慢して回りたい気分」
「何言ってるの」
「彼女が可愛くて辛いって言ってる人の気持ち理解したところだよ」
野木くんは相変わらず面白いんだよなぁ。
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