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お母さんが微笑んだ。
「『名前のせいでなんでもお花じゃ、ルカちゃんも飽きちゃうんじゃないかしら』って言ったんだけど、そうしたらハルちゃん、『名前が花だからじゃないよ。ルカは本当に春の花みたいだもの。だから絶対これがいい』って」
春花は涙をこらえ、箱からそっとネックレスを取り出して眺めた。ふっくらした小さな桜のような銀色の花の真ん中に小粒の真珠。
「綺麗…」
春花がそう呟いたのと、お父さんがぶぶーと音をさせて鼻をかんだのは同時だった。顔を上げると、お父さんは目を赤くして、慌てた様子でティッシュで鼻の下を拭いていた。
「ごめんごめん」
お父さんは謝ったけれど、もう遅かった。すぐにティッシュがもう二枚箱から引き抜かれて、しばらくは鼻をすする音と鼻をかむ音だけが続いた。
「そう、それからね、これもルカちゃんに」
鼻声で言って、お母さんが、金色のリボンのついた細長い箱を春花の前に置いた。春樹が亡くなる少し前に、お父さんとお母さんと春花で春樹のために選んだ万年筆だ。
「ハルちゃんも、ルカちゃんに使って欲しいって思うはずだから」
お母さんが赤い目でにこりとする。お父さんもわずかに微笑んで頷いていた。
三人で選んだのは、まるで木漏れ日がちらちらとしているように見える、美しいグリーンの万年筆だった。
ハルにぴったりだと思ったのに。見つけた時はすごく嬉しかったのに。絶対喜んでくれると思ったのに。
春花はまた新たな涙が溢れ出そうになるのを奥歯を食いしばってぐっと抑えた。
ハル。ハル助けて。泣きたくない。元気に楽しくしなくちゃ。
「じゃあ、まずはペン習字でもやって、きれいに字を書けるようにならなきゃ。ハルに怒られちゃう。『ペンと字が釣り合ってない!』って」
一所懸命おどけて言うと、お父さんとお母さんも赤い目で小さく笑った。
春樹はペン習字なんてやっていなかったけれど、字がきれいだった。
「ルカさ、もうちょっと字丁寧に書いた方がいいよ」
「でもちゃんと読めるよ」
「そりゃ自分の字だからだよ。他の人からしたら結構読みにくいと思う」
「…ハルも読みにくいって思う?」
「僕はルカの字に慣れてるからそうでもないけど」
「じゃ、いいもん。ハルが読めるならいい」
「そうじゃなくて。大人になった時困るし、それに好きな人に手紙書くときにも困るよ」
「そんなことしないもん」
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