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元旦から二十日すぎて何も起こらなかった訳ではなかったがそれでも孝蔵にとっては気分よく過ごした。無事すぎてそれでもそんなに何もなかった訳ではないが彼の縄張りは平和でよかった、と孝蔵は考えていた。
湯屋の仕事をしている時だった。孝蔵は仕事を小僧に教えていたところだった。そんなに早い時刻に縄張りの違う同心が血相を変えてきた。確か竜吉だなと孝蔵は思ったところいきなり怒鳴られた。
「なんてことをしやがる」と竜吉は怒っているようだった。
「いかがいたしましたか?」
「どうもこうもねえや」
「はあ」
「何しやがるんだ」
「何のことでしょうか?」
「十手を持って孝蔵を名乗った男は貴様のことだろう」
「何を言っているの?」
「十三の娘の帯を解こうとしたらしいな?」竜吉はそんなことを言っていた。
「何のことですか?」孝蔵は何のことか本当にわからなかった。
「十三の娘を襲うなんてたちが悪いな」
「襲っていない」
「その男は十手を持って『孝蔵だ』と名乗ってらしいぞ」
「それは別人ではないのか?」
「そんなことはない」
「勘違いしている」
「十手を持っているだろう? 見せてみろ」
「十手を持っていない」
「小者が十手を持っていないとはどういうことだ」と孝蔵は竜吉に怒鳴られた。孝蔵はすっかり気持ちが動揺して口から声を出さずに尻の穴から声を出していた。
「汚いな」竜吉は怒り顔だったが、その話が本当なら孝蔵は不利になるだろう。
「あたしはそのことを知らないです」
「しらばっくれやがって」
「本当に知りやせん」
「化けの皮をはがしてやる」
「化けてません」
「よくもそんなことが言えるな」
「存じません」孝蔵はそこでけんかをしたら負けだ、と思ったので低姿勢だった。
「本気で言っているのか?」
「へい」
「お前は小者を首になることになるぞ」
「なりません」
「何を言っているのだ」
「知らないです」
そこに「窮すれば通ず」というやつか情報屋の貞二が来た。
「何かいい話ないか?」
「そういや旦那が湯屋で働いている時刻に孝蔵を名乗る男が何かしていたらしいです」
「どういうことだ」
「もしかして濡れ衣か?」竜吉は言った。
「十三になったばかりの娘にいたずらしたのはこのかたじゃないです」
「それならそうと言え」
「まあいいですよ」
「こいつは失礼した」と竜吉はすっかり態度が変わって笑みさえ浮かべている。
「そんなことよくあることですよ」
「すまねえ、でも十手はどうしてないのだ?」
「それが去年の暮れになくなったのですや」孝蔵は正直に答えた。
「そうか。もしかしたらその男は孝蔵の十手を盗んだのかもしれないな?」
「そうか」
「それで孝蔵の名をかたって悪事を働いているのかもしれないな」竜吉は人が変わったようだった。
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