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「前にも聞いたかもしれないが、災厄は人に憑りつき、思いを穢す。その災厄を生み出すのもまた人だ。……呪詛って分かるか?」 「藁人形に釘打つやつ?」 「ああ。災厄もそれと同じだ。あれは藁人形を憎い人に見立てて、呪い殺そうとするのが目的。つまり、誰かの負の感情が、この水上にも向けられているということだ」  ぱちり。梓は目をしばたたかせた。穏やかじゃない話だ。 「水龍神が守ってるんでしょ? なのにどうしてそんなことに」 「だからこそ、かもしれない。水龍神の加護を受けたこの地は強い力を持っている。強い力に人は惹かれ、それを持つ者を人はうらやみ、嫉妬する。力に人は狂わされる……昔、おばあちゃんが言っていた」 「おばあさん……って、羽鳥に祓の力を与えた?」  羽鳥がうなずく。 「亡くなる少し前にも言っていたんだ。『近い将来、この地に危機が訪れる。それは人の思いがもたらすものだ』、と」 「危機が訪れる……工場の誘致とか?」  まっさきに思い浮かんだのはそれだった。水上の土地の半分を失う危機。 「それもあるが……昨日の蔵の災厄。あれが気になる」  羽鳥は手を止め、難しい顔をしていた。 「外から向けられる呪いや穢れの類は、ある程度結界で防いでいるはずなんだ。それでも最近は入ってくる場合があったが……守護者であるうちの蔵の中にまで災厄が現れるのは明らかにおかしい。うちの敷地にも結界は張ってあるはずだからな」 「つまり、それって――」  外から入ってこないのなら、残る道筋は一つしかない。 「ああ。うちに立ち入った人たち――つまり水上の人間の中に、災厄を仕向けている人間がいるってことだ」 「一体だれがそんなことを」 「分からない。おばあちゃんならなにか掴んでいたかもしれないが、結局聞けずじまいだ」  羽鳥は悔しそうに言った。 「なにか防ぐ手がかりがあればいいんだが」  その時、梓の頭に羽鳥の部屋の本棚がぱっと思い浮かんだ。 「日記! 日記になにか書いてないかな?」 「日記か……少し量が多いが、調べてみる価値はあるな」  羽鳥がうなずく。集めた落ち葉を山にしながら、梓はそうだ、と声をあげた。 「私も手伝う」 「……俺の風邪、うつったか?」  それはいったいどういう意味で……? 本気で心配しているような表情を浮かべないでほしい。 「力のこと教えてもらってるから、授業料代わりにね。それに、私だって水上を守れるのなら守りたいし」 「え」  思ったままを言うと、羽鳥は今度は固まった。 「……なに、その反応」 「いや、お前の口からそんな言葉が出るなんて思ってなかったから。素直に驚いた」  また失礼な。文句を言ってやろうかと思ったけど、自分でも自覚はある。口をつぐんだ。 「おーい、二人とも。朝ごはんだよ」  縁側から昇が呼んでいた。 「早く食べないと、遅刻するからね。今日から学校だろう?」 「今行く!」  羽鳥が返事をし、梓の方へと向き直る。 「そういうことなら手伝ってもらう。手は抜くなよ」 「……抜きません!」  やっぱり一言多いんだから!
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