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「実は舞奉納のあと、前に住んでいた町――親戚の家に顔を出しに行ってきたんだ。せっかくだしなにか買ってこようと思ったんだけど、工業地帯だからってこのくらいしかなくて」 「前に海の方だって聞いたけど、工業地帯だったんだ」 「うん、まあ」  ふう、と、彼のついたため息は、昇降口に吸い込まれていく生徒たちのざわめきの中に溶けて消えていった。 「……あまりあの町に思い入れはないんだ。町とはいっても名ばかりで、実際は寂れた田舎。なんにもないところだし。かつてはとても栄えていて住民も多くて、豊かな町だったらしい。でも、ある時を境に工場は次々閉鎖。人は離れて行き、町には多額の負債と廃工場だけが残った」  聡は淡々と話した。そこには悲しみも怒りも、なにもない。ただ事実だけを話す。そこに聡の、いつもの笑みの下に隠された陰のようなものを感じ、梓はなにもいえず、黙って下駄箱へと向かう。 「そんな町の環境のせいなのか、もともとなのかは分からないけど。僕の親戚も妙に殺伐としていて、あまり正直帰りたくはなかったんだ」  それでも盆と正月と、って言うからね。と聡は苦笑する。 「……どうだった?」  その笑いもどこか貼り付けたようなものに見えた。梓はなんて反応するのが良いのか、と迷った結果、無難に言葉を繋げる。……あまり、いい答えは返ってこないんだろうな、と予感しながら。 「追い出されちゃった。お前みたいな役立たずはいらない、って」  風も、人の声も。すべての音が急に遠くなったような気がした。  彼の言ったことの意味を理解するまで数秒。梓はその場を動けなかった。  その間に聡は先に歩き出す。離れて行く背中にはっと気がついて、梓は急いで上履きをはくと、小走りで追いついた。 「うちはちょっと厳しいところがあって、少しでも駄目なところがあるとひどく怒られるんだ」 「でも役立たず、なんて、そんな言い方……」  ようやく梓はそれだけ発する。勉強も運動もでき、人当たりも良い。聡が役立たずだなんて、とても思えなかった。  しかし、聡は首を横に振った。 「仕方ないよね、事実だから。彼らにとって僕は……役立たずの落ちこぼれなんだ」  わざとらしく、冗談めかした口調で聡が言った。  梓は開きかけた口を閉ざした。  今、なにを言っても気休めと同情にしかならないのだろう。それは彼の望むところではないはず。  黙りこんだ梓を見て、聡は苦笑した。 「ごめん。朝から変な話をしちゃったね」 「あ、ううん……それはいいんだけど。その、大丈夫?」  なんとかそれだけ尋ねると、聡はああ、とうなずいた。 「安心して。別にショックとかあるわけじゃないし。それに、少しだけだけどあそこに行けて良かったとも思ってるんだ。僕の目標? 目的? のようなものを思い出せたんだ」 「え……?」  これもまた予想外だった。さっきまでの話からすると、そんな風にはなかなか思えないと思うのだが。  梓は内心釈然としない心地だったが、それを口には出さなかった。聡本人が満足しているのなら、とやかく言うことでもない。……でもやっぱりなんか気になる。  一人で悶々としている梓をそのままにして、聡はそれ以上なにも話すことはなかった。 「そういえば、佐山さんにこれもらったんだった。僕だけじゃ食べ切れないし、城崎さんもらってくれない? もっとも、宮瀬くんが嫌がりそうだけど」  はい、と差し出されたのは先ほど佐山が渡していた紙袋――もう見慣れたその中から顔をのぞかせているのは赤と白のパッケージ。そのデザインも見慣れていた。 「天道製菓のお菓子……あ、でも地域限定のやつだ」 「アンケートのお礼だって。工場とか直売所でしか売ってない珍しいやつなんだって」  言われてパッケージをよく見てみると、梓の知らない地名が書かれていた。 「佐山さんが前に立ち上げにかかわった工場の商品なんだって。今まで、色々な町で工場の計画を立ててきたらしいよ」 「へぇ……」  教室にたどりつくと、聡は手を振って自分の席へと去っていった。  さて……これはどうしたものか。普通に宮瀬家の食卓に並べてもいい。けど、羽鳥の眉間の皴が三割増しになるのは容易に想像がついた。できればそれは避けたい!  梓は受け取った紙袋に視線を落とし、ため息をついた。
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