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「外の人間から見て、なにか気づいたことはないか」
「え、まだ具合悪い? 絶対悪いよね」
あの羽鳥が意見を求めてきた、だと。だいたいいつも置いてきぼりにされている梓にしてみれば青天の霹靂だ。
しかも、水上の外から見て、という言葉までつけてきた。良くも悪くも羽鳥は水上を中心に動いているというのに。これは具合の心配もしたくなる。
羽鳥は眉間の皴をさらに深くした。
「風邪はもう治った。そうじゃなくて、これは水上の今後を考えるうえで必要だから聞いただけだ。……俺が水上のことしか知らないのは事実だし、見えていない物もたくさんあることは分かっている。でも、今回のことはこの地の外が絡んでいる。だから聞いた、視点を多く持つために」
そんなことまで考えていたのか。殊勝なセリフに梓はぱちりと目を見開く。羽鳥も少しずつ変わってきてるのかも。
私はどう考えるか、か。梓も真剣に問いに頭を巡らせる。
「そうじゃないなら別にお前に聞くことはない」
羽鳥の一言は本当に余計だと思う。
「また偉そうに……もう少し言い方ってものがあるんじゃないの?」
「で、どう考えてるんだ」
「話聞いてる?」
梓は一つ息を吐く。落ち着こうと、もう一度菓子に手を伸ばした。
っていうか、全然減ってないよねこれ。結構食べた気がするんだけど。
じっと羽鳥の手元を見つめる。そういえばさっきからお茶ばっかり飲んでるような……。
「あんたがこれを食べたら答える」
ちょっとした仕返しのつもりだ。さあ、どう来る。
梓は期待して羽鳥の挙動を見守った。
「…………」
羽鳥は心底嫌そうな表情を浮かべた。しかし、無言で菓子を咀嚼しはじめ
る。
なかなか面白い物を見た。梓は笑いをかみ殺しながら、約束通りに答えた。
「私は、水龍神の存在を知っている人が災厄を仕向けた犯人じゃないかって思ってる」
「なぜそう思う?」
「それくらいしか動機がないから。正直、水上には珍しい物もなにもないし。それに、知っている人からすれば、水龍神の加護には価値があるんでしょ」
さっきの佐山の様子を思い出す。あらゆる天災と脅威を避ける、夢のような力。それを信じる人は他にもおそらく存在する。宮瀬燈子の言葉を借りるならば。
「強い力に人は惹かれ、それを持つ者を人はうらやみ、嫉妬する」
「……水龍神の加護を受けた水上を犯人は妬んでいる、と?」
羽鳥のまとめに対してうなずく、
しかし、そもそも水龍神のことを知っている人が一体どれだけいるというのだろう。水上ですら有名な場所ではないというのに。そんな疑問が頭をもたげる。
「具体的に誰かは分からない。それでも犯人を止めるのだとしたら、その人の抱いている負の感情をなんとかしないといけない」
「だがそれは……」
羽鳥の表情が曇る。
梓にも分かっていた。それはそもそも無理なのだと。
犯人が満足するとしたら、すぐに思い描く道は二つ。
水上から加護が失われるか、向けられる負の感情を受け止め続けるか。どちらにしても、水上を守ることにはつながらない。
「今は南の守りを堅くするしか術はない、か」
二人は無言になって菓子を食べる。一箱が空っぽになろうとしていた。
沈鬱とした部屋の中で、梓はわずかな引っかかりを覚えていた。
水上は他から負の感情を抱かせるような『なにか』の上に存在している。
初めて日記を読んだ時、そんな予感がした。
そのなにかに当てはまるのは『加護』。
本当に、それだけでいいのだろうか。
もっと深くに真実が眠っている。そこにわずかな希望がある。そんな気がした。
しかしその光は小さすぎて、今の梓には掴むことができなかった。
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