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◆ 『梓へ。元気にしてる? 全然連絡をくれないから、お父さんも心配してるわよ。  宮瀬さんからは時々お手紙をもらうのだけど、たまには自分から手紙でも出してちょうだい。  向こうで買ったお土産を一緒に入れておいたわ。なんでも、伝統的なお守りみたいよ。あなたの道が開かれますように、願いを込めて』  一緒に入っていたのは、矢羽のモチーフが付いたストラップだった。  そこまでごつくもなく、派手でもなく。シンプルな意匠は、さばさばした母らしい。  バスターミナルで別れた母の顔を思い出し、梓は苦笑をもらした。 「道を開く、か……迷ってばかりだよ、お母さん」  ストラップを握りしめ、梓はため息を一つ落とした。  明日は九月の最初の満月の日――古来から定められた『龍神祭』が執り行われる日だ。  しかし梓にとってはもう一つ意味がある。  祓の力を封じるか、それとも活かすか。その答えを出す日。  結論は出ていなかった。水上にきて、いろんなことを経験した気がする。自分の力の正体も、その制御の仕方もある程度学んだ。  それでも迷うのは、自分の中にどこか躊躇いがあるのだろうと梓は感じていた。長い間忌避してきたものを受け入れるのは、そうたやすいことではない。 真菜たちは受け入れてくれた。でも他の人は。また暴走したら。本当に祓の力を持っていて大丈夫なのだろうか。自信がない。  そうやって思考は堂々巡りを繰り返し、時間だけが無情に過ぎている。  またため息をついたとき、志保が部屋に顔を出した。 「ねえ梓ちゃん。儀式、出てみる? お手伝いじゃなくて、役付きで」 「ええと、どういうことですか?」 「これみたいな裏方のお手伝いじゃなくて、儀式の役――羽鳥みたいな舞手だとか、そういった表に立つお仕事をお願いしたいのよ」 「いや、でも……」  これが一か月前ならまだよかったかもしれない。でも、龍神祭は明日に迫っている。  そんな急に言われてできるものなのだろうか。  そんな懸念を見透かしたかのように志保は大丈夫よ、と笑う。 「儀式の時に供物を祭壇に運ぶだけだから。真菜ちゃんとか、絵里ちゃんとか、水上の子供はみんな一度は経験する役割なんだけど、梓ちゃんはやったことないし、折角だからと思って」 「そのくらいなら大丈夫……だと思います」  思ったよりも簡単そうな内容で一安心だ。梓はうなずいて了承する。  あれ、そういった意味だと聡も同じなのでは。ふと気がついた。  自称・歴女(男だけど)の彼のことだし、食いつきそうな話だ。 「あの、その役ってもう一枠あったりしますか?」 「あることにはあるけど……どうして?」 「芦原くんを誘ってみようかと思って」  梓が言うと、志保はあぁ、と手を打つ。 「あの子も外から来た子だったわね。せっかくだし、声をかけましょうか!」 「それじゃあ、あとで電話しておきます」  梓は手紙とストラップを机の引き出しにしまうと、電話の元へ向かった。 「え、来られない?」  しかし、電話の向こうからは予想外の返事が聞こえた。 『うん。どうしても外せない大事な用事ができちゃって、龍神祭は顔を出せそうにないんだ』 「そうなんだ……楽しみにしてたのに、残念だね」 『本当に。できることなら用事なんて行きたくもないけど、まあ仕方ないか……』  本気で落ち込んでいる聡の声に梓は苦笑する。そこまで龍神祭が見たかったのか。それとも、用事の方がよっぽど嫌なのか……。 「まあ、また来年があるよ。たぶん龍神祭がなくなるってことはないだろうし」  励ますつもりで言うと、そうだね、と聡がつぶやいた。 『……また来年、か』  それきり沈黙が落ちる。  え、私なにか変なこと言ったかな。 「どうかしたの?」  受話器の向こうで息を吐く音がした。そして吸う。それを何回か繰り返す。まるで何か覚悟を決めているかのように。 「本当にどうしたの?」 『ねえ、城崎さん。来年、ここはどうなっているのかな』  逆に問い返され、今度は梓が黙り込んだ。 「どうしたの急に……」  唐突な問いに上手い返しが出てこない。目の前のことをこなすのに精いっぱいで、先のことなど考えついてもいなかった。  聡は電話の向こうでくすりと笑う。 『ごめん、変なこと聞いたね。なんでもないよ。……それじゃ』  一方的に電話は切れた。梓が止める間もなかった。  聡はなんであんなことを聞いたのだろうか。ただの世間話? いや、それにしては様子が変だった。  窓の外では風が強く吹いていた。廊下のガラスが揺れ、カタカタと音を鳴らす。 「嫌な天気……」
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