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『梓へ。元気にしてる? 全然連絡をくれないから、お父さんも心配してるわよ。
宮瀬さんからは時々お手紙をもらうのだけど、たまには自分から手紙でも出してちょうだい。
向こうで買ったお土産を一緒に入れておいたわ。なんでも、伝統的なお守りみたいよ。あなたの道が開かれますように、願いを込めて』
一緒に入っていたのは、矢羽のモチーフが付いたストラップだった。
そこまでごつくもなく、派手でもなく。シンプルな意匠は、さばさばした母らしい。
バスターミナルで別れた母の顔を思い出し、梓は苦笑をもらした。
「道を開く、か……迷ってばかりだよ、お母さん」
ストラップを握りしめ、梓はため息を一つ落とした。
明日は九月の最初の満月の日――古来から定められた『龍神祭』が執り行われる日だ。
しかし梓にとってはもう一つ意味がある。
祓の力を封じるか、それとも活かすか。その答えを出す日。
結論は出ていなかった。水上にきて、いろんなことを経験した気がする。自分の力の正体も、その制御の仕方もある程度学んだ。
それでも迷うのは、自分の中にどこか躊躇いがあるのだろうと梓は感じていた。長い間忌避してきたものを受け入れるのは、そうたやすいことではない。
真菜たちは受け入れてくれた。でも他の人は。また暴走したら。本当に祓の力を持っていて大丈夫なのだろうか。自信がない。
そうやって思考は堂々巡りを繰り返し、時間だけが無情に過ぎている。
またため息をついたとき、志保が部屋に顔を出した。
「ねえ梓ちゃん。儀式、出てみる? お手伝いじゃなくて、役付きで」
「ええと、どういうことですか?」
「これみたいな裏方のお手伝いじゃなくて、儀式の役――羽鳥みたいな舞手だとか、そういった表に立つお仕事をお願いしたいのよ」
「いや、でも……」
これが一か月前ならまだよかったかもしれない。でも、龍神祭は明日に迫っている。
そんな急に言われてできるものなのだろうか。
そんな懸念を見透かしたかのように志保は大丈夫よ、と笑う。
「儀式の時に供物を祭壇に運ぶだけだから。真菜ちゃんとか、絵里ちゃんとか、水上の子供はみんな一度は経験する役割なんだけど、梓ちゃんはやったことないし、折角だからと思って」
「そのくらいなら大丈夫……だと思います」
思ったよりも簡単そうな内容で一安心だ。梓はうなずいて了承する。
あれ、そういった意味だと聡も同じなのでは。ふと気がついた。
自称・歴女(男だけど)の彼のことだし、食いつきそうな話だ。
「あの、その役ってもう一枠あったりしますか?」
「あることにはあるけど……どうして?」
「芦原くんを誘ってみようかと思って」
梓が言うと、志保はあぁ、と手を打つ。
「あの子も外から来た子だったわね。せっかくだし、声をかけましょうか!」
「それじゃあ、あとで電話しておきます」
梓は手紙とストラップを机の引き出しにしまうと、電話の元へ向かった。
「え、来られない?」
しかし、電話の向こうからは予想外の返事が聞こえた。
『うん。どうしても外せない大事な用事ができちゃって、龍神祭は顔を出せそうにないんだ』
「そうなんだ……楽しみにしてたのに、残念だね」
『本当に。できることなら用事なんて行きたくもないけど、まあ仕方ないか……』
本気で落ち込んでいる聡の声に梓は苦笑する。そこまで龍神祭が見たかったのか。それとも、用事の方がよっぽど嫌なのか……。
「まあ、また来年があるよ。たぶん龍神祭がなくなるってことはないだろうし」
励ますつもりで言うと、そうだね、と聡がつぶやいた。
『……また来年、か』
それきり沈黙が落ちる。
え、私なにか変なこと言ったかな。
「どうかしたの?」
受話器の向こうで息を吐く音がした。そして吸う。それを何回か繰り返す。まるで何か覚悟を決めているかのように。
「本当にどうしたの?」
『ねえ、城崎さん。来年、ここはどうなっているのかな』
逆に問い返され、今度は梓が黙り込んだ。
「どうしたの急に……」
唐突な問いに上手い返しが出てこない。目の前のことをこなすのに精いっぱいで、先のことなど考えついてもいなかった。
聡は電話の向こうでくすりと笑う。
『ごめん、変なこと聞いたね。なんでもないよ。……それじゃ』
一方的に電話は切れた。梓が止める間もなかった。
聡はなんであんなことを聞いたのだろうか。ただの世間話? いや、それにしては様子が変だった。
窓の外では風が強く吹いていた。廊下のガラスが揺れ、カタカタと音を鳴らす。
「嫌な天気……」
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