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「教授、もう一つ見つけましたヨ!これもそうじゃないですかネ?」
「ありがとうボニファシオ!……ふむ、水色ならば上の方だな」
既に三日目。作業の速度に皆が不安を覚えつつも、パズルの発掘は続いていた。
私はこの遺跡の発掘のために、世界各地の友人達に声をかけた。スペイン人のボニファシオもその一人である。
というのも、この遺跡の中にはエミナール人がかつて残した様々な言語が残っており、多くの言語を理解している人間でなければ扉の開け方一つわからないことも少なくないからだ。私も英語と北京語、ドイツ語くらいはある程度話せるが、それでも現地人に比べると圧倒的に知識量が足らない。
現在の地球にある言語の殆どは、古代エミナール人が使っていたものが残った結果だと言われている。遺跡の中は、日本語もスペイン語もフランス語もロシア語もごっちゃになって痕跡が残っているのだった。
ゆえに、日本語の石版が残っているあたりは私や彰祐が担当し、スペイン語のあたりはボニファシオが担当し、といった具合で分担しているのである。
この遺跡からパズルを発掘する作業は、到底一人の人間ではなしえず、同時に一つの国の人間だけでは難しいものがあったのだった。まるで、エミナール人が“国境を越えて人々が協力する”ことを望んでいたかのように。
「こっちにもあったわ。参ったわね、私のところって緑入りのピースばかり出てくるのよ」
うんざりしたように梯子を上ってきたのは、中国人の宇春である。四十代から考古学の世界に入ったという逞しい女性だ。実年齢より遥かに若々しい彼女は、私にピースを手渡しながら言う。
「私の担当エリアを作った古代人って、絶対ひねくれものでえっちだったと思うの。卑猥な言葉の石碑がたくさんでてきてうんざりなんだもの」
「すまんね、そんな場所を女性に担当させて」
「いいわよ、これくらい。旦那が持ちこんできたイギリスのAVに比べたら全然大したことないんだから」
その声が聞こえたのだろう。上の方でぶら下がっていたイギリス人のアントンが“聞こえてんぞー”と叫んだ。
「うちのAVなんか普通だ普通!アジアのものが大人しすぎるってだけ!何だよ宇春、具体的に実演してやろうかー?」
「はいセクハラー!教授、あの男叩き落として頂戴」
「遺跡が崩れるからやめてやってくれ。あとでカスピ海にでも沈めておくから」
「ちょっとー!?」
無論、お互い冗談ではある。彼等のそんな些細なやり取りが、ともすると鬱屈したものになりそうな発掘作業のプレッシャーを和らげていた。
彼等が持ち場に戻ったところで、彰祐が近づいてくる。
「俺、教授のこの仕事手伝うまで、中国人と話したことなかったんだよな。……もっと偏屈で、話が通じない奴ばっかだと思ってた。イギリス人も。スペイン人やイタリア人は頭にピザ詰まってるような暢気な奴ばっかだろうなとか思ってたし。でも」
みんな結構、良い人ばっかりだよな。敬語を喋ることもできない元不良の青年は、感慨深そうに言う。そんな彼の頭をぽんぽんと撫でて、私は笑った。
「それが分かっただけ、良かっただろ。この肉体労働に参加して」
笑ってばかりいられる状況ではないのはわかっている。それでも、まだ自分達は大丈夫だと信じたい気持ちもあって、私は笑顔を作ったのだった。
ジョークが言えるうちは、人を褒めることができるうちは、まだ人間は終わっていないのだから。
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