コイの芽生え

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「それで、さーさんに心当たりはあるの?」 「ないことは、ないんだけどさ」 「へえ、例えば?」 「んー、簡単に言えば焦ってる、みたいな」  多恵さんの言葉に私は、言葉を選びながら答えていく。  口に出す言葉に自分でも納得するかのように。  そうだ、私はきっと焦っているのだ。  高校3年にもなって恋人ができない私に。  それどころか、好きな人もできたことのない私に。  周りの誰かが急に恋にかぶれたとか、そんなきっかけも無く。  読み込んだ恋愛系の小説や漫画に影響されたというわけでもなく。  ただ、漠然とこのままでいいんだろうか、と不安を抱えていて。  だから、今まで心の中でだけ呟いていた言葉を、つい口に出してしまったんだ。 「はぁ、好き」とか、まるで意味の無い言葉を。  その瞬間に硬いアスファルトを突き破って謎の生物が回りながら芽生えてくるなんて思うはずもなく。  ……いや、ちょっと待って。思うわけないじゃん、そんなこと。  あれ、もしかして私、何も悪くないんじゃない? 「……ごめん。思考がそれちゃった。どこまで話したっけ?」 「意味もなく、「はぁ、好き」とか声に出して呟いちゃったところまで、かな」 「うん、そこまでで大丈夫。――原因、なんだと思う、多恵さん」 「十中八九、故意、かなあ。恋でも意味は通じるけど」 「恋? ああ、恋に恋する乙女的な?」 「私が言うのもなんだけど、乙女って言葉が似合わないねー、さーさん」 「ほっといて。それで、どうにかなりそう? 私もう腹筋と羞恥心が耐えられそうにないんだけど……あー、明日学校行きたくない」 「まあ、朝も話したけど簡単だよ。諦めてしまえばいいんだよ。コイに恋することをね」 「んー、イメージが掴めない。つまりどうすればいいの、多恵さん」  ずこーっとストローでカフェオレを飲み干す私に、多恵さんはなんてことのないように言った。 「一番簡単なのはさ、誰かに一目ぼれしちゃえばいいんだよ、さーさん」  ヒトメボレーーそれはきっと耐冷性が強い、ってそれは米の銘柄の話やないかーい。  私の頭の中で知らない漫才師がコイマンのような勢いで突っ込みを入れた。  <゜)))彡   <゜)))彡  さて、場所が変わりましてここは近所の有名な公園。  え、何で有名かって? この話の流れ、決まってるじゃないですか。  恋ですよ、恋。  恋愛成就の鐘が鳴る、諸行無常の響きあり、と習いたての学生が思わず口ずさみたくなるような、宛先不明の南京錠がかけられすぎて地の網が見えなくなったフェンスとか、無駄に肥えた鯉が音を立てて泳いでいる池とかがある、一時期量産された観光スポットのうちの一つですよ。  これができてから、うちの自治体は盛り返したらしいけど、今のこの空気感、近いうちに盛り下がるんじゃないかと不安になりますね。 「……人、少ないね、多恵さん」 「二人きりだね、さーさん」 「「「ッハーイッ☆」」」 「ヒィッ! 3匹に増えた!! 3匹に増えたよ多恵さん!!」 「あ、ごめん、無意識にムーディーなこと言っちゃった」  ファミレスでドリンクバーを心行くまで堪能し、お腹をチャプチャプ鳴らしながら公園に来たのには理由がある。  それはもちろん、ナンパーーなんて恋愛初心者の私にできるはずもなく、一目ぼれをするための人間観察のためだ。  人以外に恋をするのが駄目なら、人を好きになればいい。初恋は破れるもの。当たらず砕ければ私以外誰も傷つかないし、コイマンも消える。誰も傷つかない最良の手段、それが一目ぼれ。  なんていう多恵さんの口車にぐるぐると乗せられてここに居るんだけど、この人の少なさでは無理じゃない? 帰ろうか? 「まあまあ、さーさん。気を取り直して鐘の近くに行こうよ。きっと誰かしらカップルが居るからさ」 「……いくら迷惑をかけないとは言え、既に相手の居る男性に恋をするなんて許されないような気が」 「あはは、そんなに難しく考えずに気楽にすればいいよ。声に出さなければ誰にも分からないんだから」  そうだよなあ、声に出さなければこんなことにならなかったもんなあ……。  少し、気持ちが盛り下がりながらも足を動かす私。  ここに来るまでにいくつかの疑問点を多恵さんに解消してもらった。  Q、アスファルトを突き破って芽生えるコイマン、そのアスファルトはなぜコイマンが消えたら元通りになるのか? A、あれはただのエフェクトで現実には突き破られていないため。  Q、コイマンが芽生えるタイミングは? A、ムーディーな空気が漂ったり、嘘をついたり、コイに恋する何らかのきっかけが認められた時。  などなど。  すべてに回答してくれたけど、異様に詳しいな多恵さん。  教科書に概要が描いてあるとはいえ、明らかに範囲外のことまでカバーしているし。  一度、Q、多恵さんもコイマンを見たことがあるの? と尋ねた時に、A、もちろん。と即答されたことからも、経験に裏付けされた知識があるに違いない。 「お、鐘鳴ってるね、さーさん」  カーン、と宵闇に鐘の音が響く。どこか静かな空を渡って消えていく。  ライトアップされた池の中央、その桟橋の上でカップルが二人で紐を握って鐘を叩いているのが見えた。  あれ、あの制服、うちの高校の――? 「あーれま、内山じゃん。あいつ彼女居たんだー」 「え、内山君って、うちのクラスの?」 「そうそう、おぉ? しっかり恋人繋ぎして、向かい合ってらっしゃる。汝、病める時も健やかなる時も――って感じだね」 「……なんか、興がそがれたかも。帰っていい?」 「恋の相手が内山で良いなら良いんじゃない?」 「……もう、誰でもいいよ」  多恵さんが面白そうに内山君を見ているのに対して、私のテンションは下がる一方だった。  なんでこんなに落ち込んでいるんだろう。なんでこんなに静かなんだろう。そういえば、なんでコイマンが出てこないんだろう。  あんなにうるさかったはずの声を、どうしてこんなにも求めてしまっているのだろう。  どうして私は――
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