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「あれ? 二人は?」 「すみません、千沙さん。あの二人、今日は合コンだったらしいです」 「金曜日だし、急だったもんね……」  椅子を引かれて黒川の前に座った。結婚していた頃ならいくら仲のいい後輩でも若い男と二人きり、なんて体裁が悪いと思っただろう。それも、もう誰に義理立てする必要がないと思うと複雑な気分だ。 「適当に頼みましたけど、ビールでいいですか?」 「うん」  座ると黒川があらかじめ頼んでいてくれていた酒の肴が並ぶ。このチョイス、私好みすぎる。そのまま、『生中二つ』と頼んでくれて、準備万端で私を待っていてくれたと悟った。やはり出来る男……。 「とりあえず、乾杯!」  久しぶりに通るお酒が喉を刺激した。そういえば妊活を意識し始めた時からお酒は控えていた。大して飲んでいないのに酔いの回りが早いことに気づかず、美味しい肴と聞き上手な後輩にのせられた私は、孝也と細井の愚痴をぶちかまし、グダグダになって最後には大泣きしていた。  覚えていたのはそこまでだ。 「あ、……あれ? い、いたたたた」  自分がどこにいるのかわからなくて、勢いよく頭を上げると、飲みすぎたのか頭がガンガンした。 「水……」  側にあったペットボトルは開いていて、私はろくに確認もせずにそれを口に含んだ。 「ん?」  体を起こすと自分が下着姿であることに気づいた。 「う、嘘」  よく観察すれば、そこは誰かの部屋のようだ。深い青いカーテンに木目調の床。観葉植物がおしゃれに窓際に配置してある。その横には間接照明が置かれてた。そして、わたしがいるのはベージュ色の心地よいセミダブルのベッドの上……。まさか、黒川と!? いや、落ち着け。あっちはよりどりみどりなんだし、何も私と関係を持ったりしないだろう。とにかく、服を……と見渡しても私の服は見当たらなかった。  そこでパタンと向こうに見えていたドアが開いた。慌てて私はシーツの中に潜った。 「千沙さん、目が覚めました?」 「く、黒川……。あの、ここ、どこ?」 「僕の部屋です。千沙さんが僕に向かって吐いちゃって……」 「へっ!」  シャワーを浴びてきたのだろう、濡れた髪をタオルで拭きながら黒川がこちらを見ていた。断片的に甦る記憶。そういえば、気持ち悪くなって、居酒屋のトイレに連れて行こうとしてくれた黒川に、トイレの前で我慢が出来なくなって、盛大に……。  うわっ、最悪! 「ご、ごめん! 本当にごめん! あの、でも、ふ、服……」 「千沙さんの服は洗濯中です。言っておきますけど、僕が止めても自分で脱いだんですからね」 「も、申し訳ない! 黒川のスーツのクリーニング代は出すから!」 「汚れすぎちゃっててタクシーに乗せられなかったんです。仕方なく一番近かった僕の部屋におんぶして運びました。それより、千沙さんの体調はどうですか?」 「あ、うん。頭が痛かったけど、お水を飲んだらましになった」 「大丈夫そうだったらお風呂入りますか? 先にいただいてて申し訳ないですけど」 「いや、そんな」 「体、匂うんじゃないですか? お風呂に入れろーって散々喚いて眠ってしまってからは、『お風呂入ってください』って声をかけても起きてはくれませんでしたけど」 「……すみません、お風呂貸してください」 「じゃあ、着替えは僕のを置いておきますから。その、キッチンで後ろを向いている間に移動してください。お風呂はあのドアです」 「あ、ありがと!」  黒川が入社してから四年経つけど、家に誘うばかりでここに来るのは初めてだ。一人暮らししているのは聞いていたけど、こんなに広いワンルームだったなんて。キョロキョロと見渡してから私はバスルームへ逃げ込むように入った。脱衣場で裸になると下着は手洗いしようと持って入った。黒川が言っていたように私の服が洗濯機の中で回っている。 「はあ、情けない」  酔いつぶれた挙句、介抱してくれた黒川をゲロまみれにしてしまったのだ。もう、穴があったら入りたい。下着を石鹸で洗って、体も洗い、少し迷ったが、髪も洗った。匂いが……はあ。 「着替え、ここにおきますので」  浴室の扉越しに声をかけられた。気を使ってくれたのだろう黒川が服だけ置いてすぐに出て行ったのが分かった。ほんとに迷惑かけて申し訳ない。  すべて洗い終わってお風呂から出ると黒川が用意してくれたスエットを着た。童顔な彼だが、身長はそれなりにあるのは知っている。が、思っていたよりサイズが大きい。着やせするタイプなのだろうか。太ももまでの短パンも用意されていたが、私が着るとTシャツだけ着ているような状態だった。 「いいなぁ……乾燥機付きだ」  洗濯機はドラム式で乾燥機付きだった。すでに乾燥が始まっていたようだったので一時停止して、こっそり下着も紛れ込ませてもらった。  これは、もう土下座。うん。黒川に土下座だ。  お風呂場を出ると私は黒川の姿を探した。
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