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何度だって諦めてあげない20
「千沙は誰かに愛されたくて仕方がないのに、それを表現できない子なんです。無自覚なんでしょうけど、尽くすことで愛情が返ってくるのではないかと願っていたんではないでしょうか。だから人の感情に敏感で、先回りして自分の感情は押し殺してしまうんです。この家を出てからも、お金は送ってきても顔を出そうとはしませんでした。私たちが寺田とは付き合いたくないと思っているのをわかっていたんでしょう」
「もっと、頼ってくれてもいいのに」
「……僕も頼ってもらえませんでした」
加奈さんのつぶやきに僕も同意してしまった。
「ふふ、では花菱さんも千沙の『大事な人』なんですね。千沙はそうやって私たちを寺田から守ってきたので」
悲しそうに二人が僕を見て笑って、僕も情けなくて笑った。
「あの、ちょっと気になってたんですけど、その……千沙の離婚の原因って、まさかあなたとの不倫が原因とかじゃないですよね。結婚生活は上手くいっていたと思っていたんだけど」
「あ、ち、違います! ちゃんと千沙さんが離婚してからです。それに千沙さんは旦那さんが浮気相手と子どもを作って離婚しました。僕、会社の後輩でお世話になってたんです。実はずっと片思いしていたんですが千沙さんが結婚していたので諦めていました。でも離婚されたって知って……」
「……う、浮気ですって! しかも子供って! 写真でしか見てないけど誠実そうなイケメンだったのに!」
「そんな理由で離婚なんて千沙は傷ついたでしょうね」
「……検査して、千沙さんが妊娠できにくいと診断されたそうです。それもあって一方的に離婚されたみたいです」
「はあ……。それじゃあ千沙が身を引いたでしょうね。あの男、とんだ最低ヤロウだったわ」
「でも、それでも花菱さんと子どもが?」
「ええ。奇跡なんです。だから僕は彼女と子どもを守るつもりです」
「あの、子どもは男の子なの? 女の子なの? 今どのくらい? 名前は?」
「千晶といいます。男の子です。今は……一歳になってます」
「そう……ちあきちゃん。いい名前ね」
寺田では聞かれなかった質問をされる。少なくとも千沙さんはここで大切にされていたんだ。
「……千沙が大切な貴方とちあきちゃんを守るために消えたなら、寺田のことを何とかしないと戻ってこないわね。寺田でこんな話をして、おかしなことは言われなかったの?」
「実は、子どもが僕の子なら慰謝料を払えと言われました」
「えっ」
「でも、千沙さんが消える前に僕にこんなメッセージをしていたので」
僕は二人に『ごめんね、探さないでください。千晶はあなたの子ではありません』とういメッセージを見せた。それをみて二人は噴き出した。
「なにこれ、貴方はこれを信じなかったの?」
「千沙さんはそんなことをする人じゃないし、千晶は僕そっくりなんです」
「なるほど、これを寺田でも見せたのね」
「寺田さんの方はこれを信じたので、婚約者だった僕が不貞の慰謝料を請求するために千沙さんを捜していると思っているはずです」
「貴方、頭がいいのね」
「あの人たちは千沙さんのことを悪く思っていたみたいでしたから」
「千沙はこんないい人を置いて、どこに行っちゃったんだろう」
「今、プロにも頼んで探しています。でも、千沙さん優秀すぎて、痕跡もなくて」
「はあ、千沙にも困ったものね」
「でも寺田に花菱さんの子どもだってバレたら……」
「僕、その辺はきっちりケリをつけるつもりです。今まで千沙さんにしてきた仕打ちも許せません」
「でも、あの人たちは本当に厄介なのよ?」
「千沙さんに目を向けることができないくらい、コテンパンにしてみせます」
さっきまで泣きべそかいていた男がそんなことを言うものだから、二人はポカンとして僕を見ていた。それでも、『千沙が幸せになるなら』と色々協力してくれると言ってくれた。連絡先を交換した時、花菱商事の跡継ぎだと話すと魂を抜かれたようになっていた。
櫻田さんのお家はお父さんが今入院中で、今は景子さんと加奈さんが交代で面倒を見ているそうだ。だから千沙さんの捜索には参加できないと申し訳なさそうに言われた。けれど、きっとその現状を知ったら千沙さんが何らかの接触をしてくるに違いないと言って、連絡が来たらすぐに教えると約束してくれた。
千沙さんを見つけても、千沙さんが千晶と戻ってくれるとは限らない。
僕は二人を守れるだけ強くならなければならないと知った。
その日から僕は一層仕事にも力を入れるようになった。
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