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何度だって諦めてあげない21
「最近、顔つきも変わって、なんだか男ぶりがあがったな」
社長にもそんなことを言われた。社長の勇さんは父の妹の聡子叔母さんの夫である。その頃には僕には若輩者ながら社長秘書を経て専務へと就任する話が上がっていた。まだ早いとずっと断っていたが、それが千沙さんを守れる力になるならと今は意欲的に動いていた。そうして『今を時めく御曹司特集』になんて祭り上げられて雑誌の取材を受けることになったのは気恥ずかしい出来事だった。
千沙さんは望まないかもしれないけど、色々と知ってしまった以上僕は寺田が許せなかった。元々ワンマン経営をして地元で好き勝手して負債を抱えていたので、ここは一気につぶしてしまうことにした。もちろん花菱が手を回したとなれば恨まれて何をするかわからないし、千沙さんを捜してお金をせびる危険がある。なので、そんなことも考えられないくらいに徹底的に追い込むこもうと画策中だ。色々と経由して花菱が出資したとバレないように雇用条件のいい会社を地元に作り、寺田製作所から人材を流出させた。面白いくらい寺田製作所に人は残らず、それでも見栄張りなのか無茶な注文を取ってきては納期に間に合わず自滅していた。元々の借金も膨らんでいるので、このままいけば寺田一家は借金取りから隠れるために大人しくするしかないだろう。
そうしてそんな毎日を過ごしていると、千沙さんがいなくなって二年近く経ってしまった。いまだ彼女はどこかに潜伏中だ。わが愛しい人ながらあまりの手腕が恨めしい。周りからは『そろそろ諦めて見合いでもしないか』と言われるようになった。それを笑顔で『子どもがいるので』と返して週末はバイクで地方を回る。もはやそれも趣味と言えるような感覚になってきていた。
可愛さ余って憎さ百倍とはこのことか。
その日もなんの収穫もなく家に帰る。相変わらずビーズクッションに身を沈めると一通のメッセージが入った。
――お父さんが入院中と知ったようで千沙から連絡が来ました。
千沙さんの叔母さんの景子さんから連絡が入って僕は飛び起きた。すぐに電話すると千沙さんから叔父さんの様子を窺う電話もあったそうで、どうやら彼女は元気にやっているらしい。景子さんは機転を利かせてくれて、明日をも知れぬ状態なので一度見舞いに来て欲しいと言ってくれた。(本当は以前よりはよくなって今リハビリ中だ)
明後日、千沙さんが午前中に少しだけ顔を出すと言ってきた。でも、残念なことに千晶は一時保育に預けてくるようだ。僕は変装して千沙さんが来るのを待つことにした。この機会を逃すときっと千沙さんはもう捕まらないだろう。
そうしてその日、千沙さんは花を抱えて病院にやってきた。
「すみません、櫻田喜一の親戚の者ですが病室を教えてもらえませんか?」
その姿をとらえて、僕は震えてしまった。千沙さんだ。本物の……。
ああ、もうちょっと、なんとか、僕をがっかりさせてくれないのだろうか。ショートカットの髪型は綺麗に襟足を揃えられていて揺れていた。淡いピンク色のカーディガンにジーンズをはいてリュックを肩にかけていた。
心臓が早鐘のように鳴る。だめだ。
……やっぱり、好きだ。
通り過ぎる千沙さんを引き止めたい気になったのをぐっと我慢した。ここで声をかけて失敗したらまた跡形もなく消えてしまうに違いなかった。病室で引き止めると景子さんは言っていたが、やはり千晶が気になる千沙さんは叔父さんの様子を見てからすぐに出てきた。
千沙さんの後をつける。意外にも新幹線には乗らなかった。そうして乗り継いで一時間半ほどして千沙さんは駅をおりた。
これは、とんだ灯台下暗しだ。もっと遠くに行っていたと思っていたのに。
千沙さんはすぐに保育所を訪れて千晶を引き取った。ああ、千晶が大きくなっている。赤ちゃんだったのに、千沙さんと手を繋いで歩いてる。僕はいちいち感動しながら二人の後をつけた。公園で遊ぶ二人を眺めると胸が熱かった。千沙さんの行動のどれ一つをとっても千晶のことを愛していることがうかがえた。だめだ、また涙腺が緩くなる。
愛おしそうに千晶を見て笑う千沙さんがやっぱり好きだ。可愛い千晶を抱きしめたい。どうして、僕は二人の側にいないのだろう。僕もそこに入れて欲しい。
そのまま、二人を捕まえたかったが、ここで僕がプロポーズしてまた失敗すると千晶を僕の子と認めず、養育費さえ受け取ってもらえない可能性がある。慎重に二人の居場所と生活を把握して、できれば千沙さんの収入元もある程度知りたい。見た感じ困窮しているようには見えない。収入がきちんとあるからこんなに逃げ回ることができているのだ。今度は絶対に逃がさない。
そうして二人の住んでいるところを突き止めた僕はすぐにそこをプロに見張ってもらうことにした。そのまま千沙さんと千晶の生活の様子を見てもらいつつ、僕は急に休んだ分の仕事を片付けた。そうしてすべてを整えて僕は千沙さんと千晶のところに向かった。
千沙さんを捜し回って二年……色々考えて、千沙さんの心が休まるように僕がサポートしたいと思っていた。一番の目的は養育費を支払うこと、認知させてもらうことだ。出来れば結婚して欲しいと思っていたが無理強いはしないつもりだった。
でも、今日あの二人を見て僕はやっぱり家族になりたいと思った。
もしも、少しでも千沙さんに隙があるのなら、僕は付け込む。
同情だって、なんだっていい。少々強引でも。
僕は彼女と息子を手に入れるためなら、何でもする。
千沙さんと千晶の元へ向かう車の中で、僕は固まっていく心を止められそうになかった。
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