何度だって諦めてあげない23

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何度だって諦めてあげない23

「じゃあ、今度こそ僕と結婚して下さい」  僕が千沙さんを見てきっぱりというと、千沙さんは狼狽えた。 「……どうして? 修平、まだそんなこと言ってるの? 私はあなたから二回も逃げたんだよ」 「あのね、千沙さん、僕は何回も諦めようとしたんです。でも、諦めさせないのはあなただ」 「逃げるような女、探さなくてもよかったのに」 「僕だって、一目会って、がっかりして立ち去りたかったです。でも、千晶と手を繋いで幸せそうに笑っている千沙さんを見たら、やっぱり好きだって、そこに僕も入れて欲しいって思ってしまったんです」  僕の告白に頷かない千沙さんに千晶から渡された雑誌を差し出した。僕は千晶から勇気をもらったんだ。 「千沙さんも、僕のこと、好きでいてくれたんですよね?」 「へっ? そ、そんなこと……あっ!」  少しだけ不安だったけど、言い切った僕に千沙さんが真っ赤になったことで安心する。 「千晶がね、『ちー、おともだちしってる』って言って持ってきてくれたんです」  折筋がついて簡単に開くページに千沙さんがいよいよ観念したようだった。  「これ、僕ですよね。ちーは『ははのかたらものだよ』って言ってましたよ」  下を向いて耳まで真っ赤にして震える千沙さんが可愛すぎて虐めたくなる。トントンと指で写真を叩いて、その顔を見たくて声を掛けた。 「千沙、さん」  すると意外なことに千沙さんが思い切りそのまま頭を下げて僕に謝ってきた。 「ごめんなさい」 「千沙さん、何に謝ってるんですか?」  今度は僕が狼狽えることになって恐る恐る聞く。すると蚊の鳴くような声が聞こえてきた。 「……愛してて……ごめんなさい」  僕はその言葉を理解するのに数秒かかってしまう。僕が黙ってしまったのを勘違いしたのか千沙さんが言葉を続けた。 「私は上手く人を愛せないから、修平にどうしてあげたらいいのかわからない」 「……それで相談もしないで消えたんですか?」  やっと答えることができて声を出すとちょっと責めるような口調になってしまう。続く千沙さんの言葉も僕を愛していると前提にして聞くと胸を締め付けた。 「修平はきっと私と千晶の為に嫌なことも耐えると思ったから」 「わかってたんなら、相談してくれたらいいじゃないですか」  訴えると千沙さんが泣きそうな顔をする。 「でも、それじゃあ、修平が幸せになれない」 「そんな」 「私は親に私がいないことが家族の幸せだって、ずっと言われて育ったの。世間体を気にしていなかったらとっくに見捨てられていたと思う」  こんな情けない顔をした千沙さんを見るのは初めてだった。僕にはアルバムの中の千沙さんと目の前の千沙さんが重なって見えた。千沙さんの自尊心を根こそぎ奪ってしまった寺田の人たちに怒りが湧く。『愛してて、ごめんなさい』なんて悲しい言葉なんて聞きたくなかった。 「……僕の幸せは、千沙さんと千晶がいないと成立しません。全部、僕がなんとかします。千晶と千沙さんを守るから、だから……愛しててごめんなさいなんて、言わないでください。僕を家族に入れてください」  僕は千沙さんを抱き寄せた。彼女は抵抗もせずに胸の中に納まる。小さな千沙さんも今の千沙さんも抱きしめて、愛してあげたい。 「修平……」 「愛して、いいんです。僕のことも。思う存分、愛してください」 「……うん」  情けなくも涙がこぼれる。僕はこの温もりをいかなることからも守ってみせる。いつか千沙さんが『愛し合えて幸せ』だと素直に言葉にできるように。  そうして僕は千沙さんを説得し、何とか婚姻届けを無事に出した。何よりもすぐに千晶に自分が父親だとバラしたことが幸いしたと思う。  彼女は不安がっていたが、僕の家族は皆千沙さんと千晶を歓迎した。何より千晶がいい子に育っていることが千沙さんの評価につながっていた。寺田は千沙さんと婚姻してからほどなくして夜逃げしたと報告を受けた。こちらに接触してくるとは思わないが、念のために千沙さんとの結婚は内密に進めることにした。その方が千沙さんも安心できるようだった。  僕の想像通りに千晶を一番かわいがるのは祖父だった。一時入院までしたというのに急に元気になった。千晶が鉄道好きと知ると自分のコレクションで曾孫を釣ると、様々なところへ連れ出すようになった。両親も可愛がりたいようだが海外から戻るめどが立たず、今のところはオンラインで会話するのを楽しんでいる。姉のところも負けじと交流をしている。  ほどなくして、まさかの第二子が授かった。この幸運に僕と千沙さんは驚くばかりだ。それはそれは皆で大喜びしていたのだが、お腹の子の性別が女の子だとわかると千沙さんが不安定になってしまった。 「修平……みんな、この子も可愛がってくれるかな」  僕に不安をぶつけられるようになった千沙さんが愛おしい。僕は彼女のこめかみにキスを贈ってそれに答える。 「千沙さんがもしも可愛がれなかったとしても、僕がお嫁も行かせないほど溺愛してみせます」 「お嫁は行かせてあげてよ……」 「僕の可愛い娘ですよ? そんじょそこらの男になんぞにくれてあげませんよ」 「修平みたいにいい男がいるかもしれないよ?」 「……それなら少し考えてみます」 「ふふふ」  安心するように千沙さんを後からお腹を抱えるように抱きしめると『ちーも!』と千晶が前からも抱き着いて来る。きっと僕たちは幸せな家族になれる。  何よりも、貴方が大好きだから。 「もう、絶対に離しませんからね」  小声で僕が囁くと千沙さんは小さく『お願いします』と答えてくれた。
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