『生き返らせないでくれ』(ワレーリイ・ブリューソフ)の場合

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『生き返らせないでくれ』(ワレーリイ・ブリューソフ)の場合

「喜んでくだされ!大統領閣下! ついに実験が成功しましたぞ!」 いきなり、白衣をつけた白髪の老人が、 クレムリンの大統領執務室のドアを ノックもなしに開いて登場した。 さしもの大統領も、机に向かった姿勢のまま、 あまりの唐突なことに茫然としている。 「き、、、君は誰だったかな?」 「私ですよ!大統領閣下! 魔法テウルギア研究所の所長を 任されております!」 「・・・そんな研究所が政府機関にあったかな」 「まぁ、実験の成果を見てくださいよ!」 所長が合図をすると、 似たような白衣をつけたアシスタントたちが、 巨大な水槽をいくつか、執務室に運び込んできた。 「その水槽は何かね?」 「は!国家のための、 例の極秘プロジェクトの 成功サンプルとなります」 「ええと──そのプロジェクトとは なんだったかな?」 大統領はゆっくりとそう質問した。 この謎めいた研究者集団が狂っているのか、 それとも自分が本当に何か 大事な極秘プロジェクトを命じたのを忘れているのか、 本人もわからなくなってきたのだ。 「死者を復活させる実験ですよ!」 「なんだと?」 「なんだとじゃないでしょう、大統領閣下! あなたがサインして スタートしたプロジェクトですぞ!」 「覚えがない・・・」 「ほほう!さすがは大統領閣下! 極秘プロジェクトとなると、 この場でも知らないフリを通すわけですな? なるほど、さすが諜報機関のご出身! さすがです!」 「とにかく、 その水槽の中に入っているのはなんだ?」 「はい、お見せしましょう。 まずはこれが、 イワン雷帝の再生体です!」 「な、な、なんだとーー!」 水槽の中には、ひげもじゃの全裸の老人が、 悲しそうな顔をして浮かんでいた。 「いかがです! 我が偉大なるロシア帝国の英雄の一人! その本人に、何でも、国策についての 助言を得ることができますぞ!」 「しかし、イワン雷帝は、 なぜそんな悲しそうな顔をしているんだ?」 「はい。わたしが、しつこく、 『皇太子を殺したのは、やはりあんたが手を下した 陰謀だったのかね? あんたは息子殺しなのかね?』と 毎日毎日、聞いていたら、こんな悲し気な顔になって、、、 何度も舌を噛み切って死のうとするのです。 ですが、マヌケなことですな。 この水槽の中で、何度、舌を噛み切って死のうが、 すぐに再生することになるのに。 まぁ、私は歴史マニアの代表として、 なんとしても、イワン雷帝からは、 皇太子の死についての詳細を聞き出すまで諦めませんがね」 「・・・それで、後ろの水槽は?」 「何をおっしゃいます、大統領閣下! あなたの先代のロシア大統領、 ボリス・エリツィン前大統領ですよ。 もう顔を忘れたのですか?」 「いや、その・・・ あまりに面相が膨れ上がっていて」 「生前からひどいアル中でしたからな、 この水槽の中でも、ウォッカをくれ、ウォッカをくれと 暴れるので、くれてやるのですが。 どうも、この水槽の中では、 いくらアルコール中毒が進んでも、 死ぬことはないようですな。 毎日毎日、苦しい苦しい、 ウォッカを注いでやる、少し落ち着く、 また翌日、暴れだす。その繰り返しです。 さあ大統領閣下、この機会です、 エリツィン前大統領に何か聞いておきたいことは?」 「な、、、ない!おお、神よ、なんという光景だ・・・!」 さすがの大統領も、顔色がだんだん青くなっていた。 「では大統領閣下、もう一人、 再生に成功した歴史上の人物をお見せしましょう」 所長が次に示した水槽の中には、 両手、両足首に、十字架に釘で打たれた痕の残る 三十代の青年が浮かんでいた。 「・・・う・・・ううううん・・・」 さすがの大統領も、それを見て卒倒してしまった。 「あれ?大統領閣下? どうなされました? たいへんだ!救急車を・・・。 どうしよう!もし大統領に何かあったら・・・ はっ。何を言っているんだわしは。 もし大統領が死んだとしても、 この装置を使ってよみがえらせればいいじゃないか! まぁ、水槽の中で蘇っても、 自分では動きもできない、 なにもできない、 人からの質問に答えるだけの人間にはなるけど。 それでも、永遠に、生き続けることが できるわけだからな」
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