悪魔ドーナツがあざ笑う、ダイエットストーリー ―ある夫婦の愛のカタチ―

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 誰もいない八人乗りのエレベーター、内部は至って普通だ。ところが昇降する階数のLED表示が八階を示し扉が開かれた瞬間状況は一変する。 正面には全身の容姿を眺める事が出来る驚くほど大きな鏡が存在感を放ち、クリニックへの入口へと続く廊下には真っ赤に威圧させる程の、レッドカーペットが敷かれゴージャスな異空間を演出させる。 『あぁ……、凄い――』  思わず言葉を零し冷静さを取り戻しクリニックへと歩む都度重低音を響かせた女性ボーカルの洋楽が胸を躍らせる。一歩、また、一歩前進する都度その振動とボリュームは音を増し、店内入口の自動ドアが開かれた直後蓄積されたその音が放出され指先にまで浸透してゆく。  言葉に表現できない高揚感、受付に佇む真っ白い清楚な装いに身を包む一人の女性、凛としたその姿勢の彼女は初見の客を目にし、 『今日はどうされましたか?』 そんな在り来りの決まり文句を呟く事はない。 高級ホテル、いや、何処かで経験したこの感覚は――、 海外出張の際に利用したファーストクラスのように、特別扱いされている錯覚すら感じる。 名前すら名乗らない状況で通された個室、プライバシーを気にした配慮だろうと直ぐに認識したが、その空間は贅沢すぎる社長室のようだ。マッサージ機能が付いた大きな一人掛けソファーに腰を下ろすと、幾つもの有名洋菓子店のデザートとハーブティから驚いた事にアルコールの類までも用意されたメニューを差し出される。  想定外の対応を受け心苦しさを感じた武田は声を発した。 「ごめんなさい。あの、西城、あっ、いや、西城先生の学生時代の友人の武田と申します。その、診察ではなく相談……」  彼女は優しく微笑みながら態度を変える事無く注文を聞き入れ、西城との面談までお寛ぎくださいと完璧すぎる対応を成していた。
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