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翌日、仕事から帰った俺は、鍵穴に回した鍵に違和感を覚えてハッとする。
玄関の鍵が開いていたのだ。
「ああ、そう言えばママさんが来ているんだった」
実里には説明しておいたが大丈夫だろうかと、一抹の不安を覚えながら扉を開けた。
きちんと並べ揃えた履物は、昨日の黒のパンプスではなくカジュアルなスニーカーだった。
妻も気に入ってよく履いていた無地のそれ。
『定番が一番楽なの』――妻がそう零していたことを思い出す。
『ただいま』を言うまでもなく、リビングの方から実里が走って来た。
玄関を開ける音で気付いたらしい。
妻が生前の頃はともかく、近頃はTVが優先で迎えてくれることなどそう無かったのだが、今日はご機嫌のようだ。
「お帰り、パパ」
嬉しそうにはしゃいだ様子の実里に、ママさんとはうまくやっていることが伺い知れた。
「あのね、あのね、凄いの!!!ママがいるんだよ」
抱きかかえた実里は、すっかり興奮して俺の耳元で騒ぎ立てる。
「ん。知っているから、落ち着けよ」
うるさくて敵わない実里を床に下ろして、頭を撫でつける。
ママさんがそんな俺たちの先に佇んでいた。
「ふふっ、お帰りなさい。実里はパパが帰ってきたら大興奮ね」
俺は興奮どころか、目を見開いたまま固まった。
「ひ、陽菜子……」
死んだ筈の妻がそこにいた。
込み上げるものが何であるか分からない。
喜び?
それとも哀しみ?
否、ちがう。
これは……怒りだ。
――どうして、どうしてそんなあっさり逝くんだよ。
俺たちを残して……。
俺は思わず口元を抑えた。
込み上げてくるものを呑み込んだ。
「む、向井さん。やめてください。こんなのはない」
確かに説明は受けていた。
けれど、ここまでのクオリティーだというのは想定をはるかに凌駕している。
特殊メイクを施してウィッグを付けた彼女は、俺の妻、陽菜子そのままを演じていた。
かけがえのない人の代わりはいない。
失ってしまったかけがえのない人は、二度と戻っては来ない。
死者への冒涜、こんなのは不敬だと俺には思えたのだ。
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