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一方的に契約を打ち切ったというのに、向井さんはどこか満足そうに頷いていた。
きっと、彼女はまた別の場所で誰かのママさんをしているのだろう。
この広い空の下、それで救われる人もいるに違いないと、俺は白い雲の浮かぶ青を見つめていた。
「ああぁあ、せっかくママが戻って来てくれたみたいで嬉しかったのに」
実里は大きく溜息をついて、まだ臍を曲げている。
「でもさ、ママが見ているんだったら、きっと寂しく思うぞ?」
俺は洗濯を広げながら、眩い陽の光に目を細める。
それでも実里は口を尖らせた。
「そうだけど、たまにはママの作ったハンバーグ、食べたいもん」
あの日、向井さんの作ったハンバーグは妻の味の再現だった。
それには俺も驚いた。
パン粉でなく、食パンをちぎってざっくり捏ねただけの、パンの存在感たっぷりの種に、手の掛かるデミグラスソースではなくケチャップとソースを混ぜただけのお粗末な簡単ソース。
『ふふっ。私の母と同じ作り方だったので、お話を伺った時に簡単に想像出来ました』
そう、向井さんは穏やかな目をして笑っていた。
だけど、向井さんに出来たのならば、俺たちにも出来る筈だ。
「いつかさ、俺たちもママと同じくらい出来るようになって、本当のママに褒めて貰う方が良いと思わないか?」
天国にいるママに、『いつか』を誇れる。
そんな日が来れば、陽菜子は浮かばれるんじゃないかと俺は思うのだ。
「わざわざレンタルしなくとも、俺たちの中にママはいる。だろ?」
俺の言葉に納得を見いだせた様子の実里は、陽菜子と同じ靨を頬に覗かせていた。
Fin.
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