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「できたぞ」
描き終えた俺は、丸メガネの店員にタブレットを差し出した。
「早くしてくれ。よく分からないが苦しくてたまらないんだ」
「ああ、これは確かに苦しいですね。では、売却のお手続きを急ぎましょう」
そう言って、丸メガネの店員はいつもの同意項目の画面を映し出した。五回目ともなれば手慣れたもので、ササッと署名をした瞬間に、胸の中のモヤモヤが一気に薄れていった。
「ああ、良かった。ありがとう。それで、あの感情は何だったんだ?」
店員は再びタブレットを操作して、先程俺が描いた図形を表示した。そこに描かれていたものは、図形というもなではなく、画面すべてを塗りつぶしただけのものだった。
「これは、殺意ですね。本来なら、怒りや不安などで少しずつ昇華していくべき感情が、それらを失ったあなた様にはできなかったことから、一気に殺意を芽生えさせ、成長させてしまったんですね。諦めの感情が芽生えていたら、自殺の危険性もありました」
「感情を失ったデメリットか。でも、これで殺意もなくなったからもう安心だ。それに、自殺したり、誰かを殺めたりする前で良かった、ありがとう」
「いや、間に合わなかったみたいですよ」
丸メガネの店員は、そう言ってつけ放しのテレビを指差した。
テレビでは、先程まで一緒に飲んでいた上司が撲殺されたというニュースが流れており、その場から立ち去った重要参考人として俺の写真が映し出されていた。
「不安や後悔などの感情を失っていたから、殺人を起こしてしまったことの重大性を正確に認識できずに、記憶から消してしまったのでしょうね」
店員の説明を聞き流しながら、殺人を犯してしまった、警察に捕まるという、まだ手放していなかった恐怖という感情が心のなかに大きく芽生えていった。
了
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