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 軍隊の行進のように統制が取れた楽器たちの演奏に乗せあちらこちらから聞こえてくる話声や笑い声。忙しなく宙を飛び回るグラスやボトルにご馳走やお菓子。  三百六十度どこを見ても楽しくて思わず踊るように歩いてしまう。  このお祭り騒ぎのような雰囲気に心が共鳴しているのだろうか――ここ来てから不安も恐怖も嫌気も……全ての負の感情を押さえつけその上に立つ楽しさだけに内側が満たされているのを感じる。  きっと山羊角が素敵なあの人も巻き付いた包帯がミステリアスなあの人も継ぎ接ぎがクールなあの人も同じように楽しくて仕方ないからあんなに笑ってるんだ。  会場を歩き飛び交う音を探ればすぐに楽し気な会話が聞こえてくる。 「今年、人多くね?」 「毎年こんなんじゃね?」 「かなー?」 「パンプキンパイ食べるって言った人誰だっけ?」 「俺だよ。俺―」 「え? 誰?」 「ちょっと!? こっちだって!」 「おい! 止めろよ! 僕はパンプキンパイが苦手なんだって。ちょっ、笑うな!」 「え? 知らない。そんな奴知らない」  何処も彼処も笑い声に包まれ陽気なランタンが灯っている。  そんな見てるだけで――聞いているだけでこっちが楽しくなってくる色々なテーブルの人たちに目移りしながら歩いていると後ろから誰かが顔を覗き込んできた。 「お嬢さん。よろしれば僕と踊りませんか?」  それはタキシードにハット帽を被った蕪頭さん。ツバを摘まみ紳士そうな雰囲気。  でも折角のお誘いは嬉しいのだけれど……。すみません。  私は自然と前へ出た両手と申し訳ない気持ちを抱えながら後ずさりで離れていく。彼は「どうして」と言うように軽く肩をすくめながら数歩だけ追いかけてきたけどそれ以上は足を止めた。  その落胆とした姿を見て前を向き直そうとしたら背中がまた別の人にぶつかってしまった。驚きと焦りで真っすぐ伸びた背。それと同時に背中には倒れないようにと優しさの手が添えられた。  ごめんなさい、そう謝ろうとした私を止めるように目の前にはいくつかグラスの乗ったトレイが差し出される。そこに乗っていたグラスにはオリーブと同じ様に目玉が入ったシンプルな物から色の濃く蜘蛛など色々入った物やワインなど様々な種類の飲み物が注がれていた。 「お飲み物はいかがでしょうか? Mrs.パンプキン」  低く良い声を見遣ると服だけが宙に浮いた実体の無いウェイターが見下ろしながらも顔を覗き込んでいた。  気遣ってくれて嬉しいけど今は飲み物を飲む気分じゃないんです。  私はそのままくるりと体を回転させ前を向きながら再び歩き始めた。
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