どき、どき、どき。

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 *** 「渡瀬ありあさん!」  教室の、みんなの視線を感じる。何度繰り返しても、この瞬間は慣れない。 「好きです、僕と付き合ってください!」  心臓が口から飛び出しそうだった。今日は、最高傑作とも言える文章を書いた自信があったからだ。これで駄目だったら、本当にどうすればいいかわからない。僕が思う、彼女の魅力。彼女の好きだと思うところを、たくさん書き連ねたつもりだった。  どうか、OKと言ってほしい。  僕がどれほど真剣なのか、信じてほしい。 「ちょっとオーラ違うじゃん」  彼女はにやりと笑って便箋を受け取った。そして表裏の宛名をきっちりと確認した後、中身を開く。そして便箋の上を、いつもよりややゆっくりと視線が移動していくのが見えた。  緊張の一瞬。胸の前で握りしめた手が汗ばむ。そして。 「……合格」  彼女は笑った。 「あんたと付き合ってあげる」 「ほ、ほんと?」 「うん、もちろん。頑張ったじゃん、約束通り……」  その笑顔が、ぐにゃり、と歪む。 「約束通り、あんたを奴隷にして飼ってあげる」  ああ、その言葉を待っていた。僕の胸の中で歓喜が弾ける。僕がドキドキし続けて、それでも手紙を渡し続けた本当の理由は。 「ありがとう、ありあちゃん。その言葉を待ってた」  次の瞬間。そんな彼女の左目に、カッターナイフの刃が吸い込まれた。 「ぎ」  何が起きたかわからない。一瞬そんな顔をした彼女は、次の瞬間潰れた左目から血を噴水のように噴出させて絶叫したのである。 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいい!?」 「え、うそ」 「な」 「きゃあああああああ!?」 「え、え、さ、刺したの、今?!」 「うわああああっ!」  教室にいた群衆からも悲鳴が響き渡った。僕はそんなのはお構いなしに、蹲ったありあの髪を掴んでひきあげると、顔を抑えた両手の上からざくざくと彼女の顔面を刺し始めたのである。 「ひぎ、やべ、やべて、やべっ、ぎいいいいいい!」  ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく。  みるみるうちの彼女の両手と顔面が耕されていく。工作用のカッターナイフって結構頑丈なんだな、なんてことを思った。彼女の右目を刺したところで力を入れ過ぎて刃が折れてしまったが、また次をひっぱりだして刺し続けた。開いた口に刃を突っ込んで喉を傷つけたら、悲鳴も汚く濁り始めて面白かった。  そう、僕は知っていたのだ。 『実はさあ、垣田(かきた)のやつにコクられて。マジきもいんだけどー』  友達に笑いながら話していたこと。そしてその友達と相談してあることを決めたこと。そう。 『じゃあ、おこづかい賭けない?垣田が何回告白してくるか!』 『いいけどー、あたしが飽きたらあたしから終わりにするからね?それでもいい?あいつの告白が面白くなくなったらそこでオシマイってことにするから』 『あははは、あいつもカワイソ!ありあのこと好きになったばっかりに遊ばれちゃってー』  僕は、兄と違ってイケメンじゃない。おどおどしてるし、運動神経も鈍いし。でもだからって。本気の恋心をなんであんな風に嗤われないといけないんだろう。教室で、見世物のように告白させられ続けなければいけないんだろう。失敗したところをみんなに見られて、笑いものにされないといけないのだろう。  最初は意地だったのが、段々と別のものに変わっていった。早く終わりにしたい、そう願いながら僕は手紙を書き続けていたのだ。  好きな気持ちと同じくらい、憎い気持ちを募らせながら。  そして彼女が引導を渡してきたその瞬間に、僕が好きになったその顔を切り刻んで“ゼロ”にするために。 「だ、だずげでっ……ごべんなざい、ごべんなざい、ごべんなざい、ごべんなざいっ」  血まみれで、どこが目なのか鼻なのかもわからなくなった顔で彼女は叫ぶ。ずっとドキドキしていた本当の理由。全てはこの、爽やかな瞬間を迎えたかったから。 「いいよ」  僕は彼女に笑いかけた。どうせ僕の顔なんてもう見えていないだろうが。 「僕が飽きたら、終わりにしてあげる」  それがいつかは、わからないけれど。
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