どき、どき、どき。

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 ***  好きです、と。  LINEやメールで伝えられたなら、そんな簡単なことはなかっただろう。実際今の時代なら、僕達小学生だってそういうツールで告白することは少なくないはずである。スマホを持っている子供なんて腐るほどいるのだから。  最大の問題は、僕が彼女のメールアドレスもLINEのIDも知らなかったこと。  勇気を出して“好きです”と声をかけたら、当のありあに“手紙も使って、ちゃんと想いを伝えてくれなきゃ答えようがない”と言われたこと。それゆえに、この謎の儀式は始まったのである。春から始めて、すでに数十回目。もう半年が過ぎてしまった。こんな調子では、いつ合格できるかわかったものではない。  そもそもこの様子では、進級してクラスが変わるまで状況が同じままかもしれなかった。 ――それだけは、嫌だ。  とぼとぼと僕は今日も家に帰る。 ――ちゃんと、僕の気持ち……ありあちゃんに伝えたい。わかってもらいたい。そのためには、合格しないと……。  ただいま、と言う声も力がなかった。数年前に両親が購入した小さな一軒家が自分達の家だ。共働きの二人は、今日もまだ家に帰ってきていない。ぱたぱたぱた、と奥から走ってきたのは兄の翔也(しょうや)である。 「お帰り翔太(しょうた)!……どうしたよ、顔暗いぞ?」  中学校で料理部に所属している兄は、毎日部活がないこともあって僕よりも先に家に帰ってくることも珍しくない。僕が図書室で時間を潰して帰ることが少なくないからだろう。今日もそういうパターンで、先に帰ってきていた兄は夕食の仕込みでもしていたのか、おたまを持ってきょとん、としていた。女子だらけの料理部に物怖じすることなく入部したというだけあって、彼は料理が上手い。匂いからして、今日はカレーだろう。両親にかわって夕ご飯を作ることも珍しくなかった。  そして、女子だらけの部活動にいるだけあって、異性の扱いも上手いとたいへん評判だった。というか、僕と違ってイケメンで成績も運動神経も悪くないので普通にモテる。だったら――僕よりも女心、というやつを知っているだろうか。  巻き込みたくなかったので、今まで相談などはしてこなかったが、そろそろ僕も限界である。
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