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下駄箱のラブソング
「おい」
私をこんな不躾な声で呼ぶ奴は決まっている。幼稚園からの幼馴染である、チーくんだ。本名、目黒千尋である。
「何?」
どうせろくなことじゃないんだろう、と私はランドセルを背負い直して返す。すると私の不機嫌に怯んでか、教室の入り口で声をかけてきた彼は口をもごもごさせた。
言いたいことがあるならはっきり言ってほしい。せっかく顔は悪くないし、かけっこも速いし、勉強だってできないわけじゃないくせに――小学校に上がってから数年、私相手だけその煮え切らない態度は一体何なのか。大体、昔は“一颯”とちゃんと名前で呼んでくれていたのに、三年生になってからはずっと“おい”で終わっている。私はおいって名前じゃないと何回言えばわかるのだろう。
「あ、いやその……」
しかも、視線を泳がせた後で言うのは大抵私の悪口だ。
「そ、そ、そのミニスカート似合わねーよばーか!ブス!」
「あ、そーですか!あんたにブスなんて言われてもどうってことないんだから。ふーんだ」
もう、小学生男子ってなんでみんなこうなんだ。悪口を言う相手は気になる女の子だとか言う人がいたが、こいつの場合は絶対そうじゃないだろう。本当に好きな女の子なら、もう少し褒める努力くらいしたらどうなのか。照れ隠しにブスだのなんだの言う男なんかこっちから願い下げである。
――何よ!
本当は、ちょっとだけ傷ついていた。せっかく、お母さんに新しい赤いスカートを買って貰ったのに。中学生のお姉さんの制服みたいでかっこいいと思ったのに。
――チー君のばかばかばかばか、ほんとばか!あんなやつ、側溝の溝にでもハマって泣けばいいんだ!
なお、そんなことを思った日。
本当にチー君がサッカークラブの帰りにすっころんで溝にハマったらしいと聞いたのは、ここだけの話である。
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