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第一話 始まりの出会い
薄珂は薫衣草畑に足を放り出して座っていた。その膝の上では立珂がぷうぷうと寝息を立てて昼寝をしている。血色の良いまるまるとした頬をつんと突くと、立珂は寝ぼけて身体をびくっと揺らした。
「んにゃっ」
「おっ?」
立珂は何かを求めて手を伸ばし、空気を掴むとそれを口へ持っていき咀嚼する動きをした。にまにましながら再び手をうろつかせ、さまよった結果薄珂の指を掴んでぱくりと頬張った。
「腸詰ぇ……」
「ははっ。それは俺の指だぞ、立珂」
しばらくもぎゅもぎゅと口を動かしていたが、食べられないからか立珂は眉をひそめて悲しそうな顔をした。表情豊かに過ごす姿はとても愛しくて、薄珂は思わず頬ずりをした。それが分かったのだろうか、立珂はんふふと言葉になっていない喜びの声を漏らした。
愛らしい寝顔をうっとりと眺めていたその時、どすどすと地響きのような足音が響いてきた。足音のする方を見ると、そこには大量の荷物を括りつけた象と手綱を引く細長い眼鏡の男がいる。
象は座って荷を下ろすと人間の男性へと姿を変えた。浅黒い肌に幾つもの傷があり一見すると恐ろし気だ。男は眼鏡の男から袍を受け取ると、薄珂に向けてぶんぶんと手を振った。にかっと笑う明るい笑顔は容姿の恐ろしさとは真逆でいかにも人が良さそうだ。
「戻ったぞ。変わりはないか」
「おかえり金剛。たった一日じゃ何も変わらないよ」
「体調の話だ。寝てなくていいのか」
「もう二か月だ。治ったよ。孔雀先生の医術は本当に凄いね」
「まだ無理は駄目ですよ。傷がふさがったばかりなんですから」
「うん。分かってる」
孔雀はかちゃりと眼鏡の位置を直すと、よしよしとあやすように薄珂の頭を撫でた。金剛も立珂を覗き込み嬉しそうに寝顔を眺めている。
崖から飛び降りた薄珂と立珂はこの二人に拾われて一命を取り留めていた。
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