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自分の中にないものを、相手の中に見つけだす。
恋とはそういうものだって、中学時代の国語教師は言っていた。
古い映画からの引用だというその台詞を、当時の俺ははっきり言って非常に白けた思いで聞いていた。
このオバハン、生徒相手に何を熱く語っとんじゃい、ってな具合に。
恋なんて、自分と気の合う人を選ぶのが一番いいに決まってるじゃないか。
趣味も同じ、味噌汁の具の嗜好も同じ、なんなら抱えている悩みも同じ。それが一番平和で健全で、何より楽に決まってる。
というようなことを隣のクラスの呉朔人に語っていたら、案の定イヤミを言われてしまった。
「彼女いない歴と年齢がイコールの関係にあるケンゴがそんなこと言うのは、少々僭越じゃないかな」
だと。
ふん、余計なお世話だ。
俺にだって、彼女くらいいたことあるわい……まぁ、小学校一年の頃の話で、その関係も結局一年を待たずして自然解消しちまったんだけどさ。
とはいえ、恋愛経験と呼べるものがそれくらいの俺風情が、人生の大先輩かつ既婚者相手に反駁するなんて、確かに分不相応かもしれない。俺はさっさと自説を引っ込めて、小銭を懐から取り出した。
そもそもなぜ、こいつとこんな益体もない恋バナまがいの雑談をするハメになったのかといえば、それはひとえに購買の前にできた長蛇の列のせいだった。
昼食のパンを求める列である。
四時間目の開始まで、残すところ三分。生物担当の伊藤先生は、遅刻にはかなりうるさい。俺はウキウキした様子で自分の順番を待つ朔人に、恨み混じりの冷ややかな目を向けた。
毎日毎日、よくやるよ。せっかくの授業間の十分休憩を潰して、長蛇の列に加わってまで買いたいもんかね、購買のパンなんて。
だいたいなんで、こいつは俺を毎回毎回付き合わせるんだ。パンの販売なら昼休みにもあるし、俺は売れ残りで十分だって、いつも言ってるのに。連れてくるなら彼女か、もしくはテニス部の仲間にすりゃあいいじゃないか。
朔人は俺の隣のクラスに属する、高一以来の腐れ縁である。
端的に言えば、眉目秀麗の完璧超人。中学時代は合唱祭の伴奏者を務める程度にはピアノを弾きこなしていたし、今はテニス部のエース級。クラスでは学級委員を務め、当然ヒエラルキーも最上──というか、ちゃちなスクールカーストの覇権争いなんて、とっくの昔に卒業しちゃってる。当然ながら、女子の崇拝者も非常に多い。
そんな妬みの念さえ抱けないほどの完璧超人がどうしてこんな中堅校なんかに進学したのか、そしてどうして俺のような半端者に親しくするのか? これは俺的学校七不思議の一つである。
ようやく俺の番が回ってきた。俺はさっさと手近なベーコンエピとメロンパン、それにレモン牛乳のパックを引っ掴み、尊敬すべき購買のおばちゃんに三百円を支払った。そして小走りで階段へ向かった。
「またメロンパンかい? ケンゴはいつもそれだね」
「そういうお前は、また節操なく新商品に手ェ出しやがって」
朔人が持っている生クリーム入りあんパンとツナとコーンのチーズトーストを指摘すると、やつは何が誇らしいのか「当然」と胸を反らせてみせた。
「購買のパンをすべて賞味するのは、僕が卒業までに達成すると決めた、百ある目標のうちの一つだからね。ケンゴもいつも同じのばっか買ってないで、たまには冒険したらどうだい」
「そういう無益なチャレンジはしないのだ、俺は」
きっぱりとそう言うと、朔人は「処置なし」というように口の端を上げてみせた。
「……確かにね。ケンゴは揺るがないよ。まーそれが、君と一緒にいて和む理由でもあるけど」
そう、その通り。
俺は何事にも、こだわるということをしないのだ。
それが俺の、モットーといえばモットーだ。
何故ならそれが、一番楽ちんだから。
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