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「お、いい感じだな。」
「えへへ。」
部屋の隅から持ってきたイーゼルに立てかけたキャンバスを先生は開口一番に褒めてくれた。先生はよく褒めてくれる人だった。どれほど細かくて小さいところでも少し頑張って描くとすぐに気づいて「お、ここいいじゃん。ちょっと頑張っただろ。」と言ってくれる。先生自身は教えるのは得意ではないと言っていたけれど、私は先生の教え方が好きだった。
「うん、少しづつ完成してってるな。全体的な色味もいいと思う。やっぱり色彩のセンスはあるよ。」
「えへへ〜。」
前回の授業からちょっと気合いを入れて頑張った分嬉しくなり隠しもせずに照れていたが、
「まぁ、悪いところは治ってないがな。」
とまぁ、上げて落とすスタイルなのが先生である。一通り褒め終われば指導タイムだ。
「ここの描写、サボっただろう。あ、ここも甘い。これもモチーフをちゃんと見て形は忠実に描いた方がいいって言わなかったか?」
「うぐっ。」
なかなかにストレートな物言いで次々と直す点をあげていく。心には刺さるがこれを無視するとあとあと辛いのは自分なのは分かっているので忘れないようにとメモを取りながら耳を傾ける。
「細かいの省きたがるの癖はいつまで経っても治らないな。」
「だ、だって…難しいんですもん…。」
先生の溜息に唇を尖らせれば「上達しないぞ。」と頭を小突かれた。学校の美術の先生にされようものなら憤慨物であるが、これは体罰に入るのか…?となんとも的はずれなことで頭を悩ます彼女の教え方が私は好きだった。
「ん?なにニコニコしてるんだ?」
…表情にでていたか。キョトンとした先生が覗き込む。やつれているしクマもあるが、やはり美人な先生だ。
「いや…。やっぱり先生の教え方好きだなぁ…って。」
馬鹿正直に言っているうちに恥ずかしくなり声がだんだんと小さくなった。少し驚いた顔をした先生は、あははと声に出して笑った。
「なんだ、好きなのは教え方だけか?」
「なっ!!」
「ふふっ。冗談だ。」
アイドル顔負けのイケメンぶりである。この先生は綺麗なだけでなくカッコイイのだ。
「それに私とキミは好みが似通ってるからな。あまり苦に感じないのも当然だろう。教師の指導や評価だって9割がそいつの好みだからな。」
それもそうだと頷きながら先生は私の頭を撫でた。女性的ではあるが少し大きい大人の手だった。
「私はね、嬉しかったんだよ。キミが私の絵を好きだと言ってくれて。」
そう微笑む先生の言葉はお世辞には聞こえなくて思わず彼女の目を見つめた。先生は凄い人だから褒められたり認められるのは私だけじゃないはずなのに。どうしてそんな謙遜のような、まるで自分を卑下するような言い方をするのだろう。
不思議な顔で見つめる私の心を読んだように先生は優しい声で言った。
「私の絵は一般人10人に聞いて、10人とも好きだと言ってくれる絵じゃないだろう?凄いとは言われても好きと言われることは少なかったんだ。」
どこか身に覚えのある言葉を口にする先生は私を撫でる手を止めずに続ける。寂しそうな、悲しそうな目をしていると思ったのは気のせいだろうか。
「だからね、あんなに真っ直ぐな目で『あなたの絵が好きです。私に絵を教えてください。』って言われたのは初めてだったんだ。君が思っているより私はずっと、ずっと嬉しかったんだよ。」
私が聞いた数少ない先生の本音だった。なんて返したらいいのか分からず「本当のことですから。」と小さな声を聞いた先生はいっそう嬉しそうに笑った。
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