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「先生、私、最近夢を見るんです。」
背中合わせになるように椅子を並べお互い自分のキャンバスと向かい合う。しばらく黙々と制作していたが、私はふと言葉を零した。
「夢?どんなの?」
ペインティングナイフでキャンバスを削る音が背後から止まることもなく先生の声が返ってくる。一瞬先生の集中を切らしてしまったかと思ったがそうでもないようで安心した。ここに来る途中、電車の中で見た短い記憶を思い出す。
「それが、あんまりよく覚えていないんです…。でも、目が覚める直前に友人と喧嘩したってことは覚えてます。でも、なにが原因だったんだろ…。」
喧嘩したということ以外まったく分かっていないあやふやな記憶だったと口にした後に気づいた。
「あはは。すみません。相談しようと思ったのに何も覚えていませんでした。」
「たしかにそうだな。でも普段優しいキミが誰かを怒らせるなんてよっぽどの事がないと信じられないな。」
私は笑って話を終わらせようとしたが、先生が言った言葉に動かしていた筆を止めた。
「…私、そんなに優しい人に見えます?」
そんな訳ないと100も承知だが、つい聞いてしまう。先生は私が多少お人好しだからといって美化しすぎではないだろうか。たしかに普段から人をあまり怒らせないような柔和な態度で接っしていると思うが性格はいい方ではないという自覚はある。現に気を許しきった先生とは軽口を叩き合う仲だ。
「ふふ。確かにキミは優しい人だが、キミが思っているのじゃないよ。でも、友人とキミが言うほどの仲だったんだろ?そんな子をわざと怒らせるような事をキミがしないことくらいは分かるさ。」
「そう…かな…。」
「まぁ、なにか1つ上げるとすれば…。」
先生は動かしていた手を止める。ついに気を逸らしてしまったかと思いながら私は体ごと彼女の方を向いた。
「キミに何か、譲れない物があった…可能性はあるかもね。ほら、キミって意外と頑固なところあるから。」
振り向きながら先生は言った。目が合う。まるで私のなにもかもを知っているような口ぶりにそうかもしれないと何の違和感もなく思ってしまった。
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