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まだ冬服のままの制服を暖かい風が撫でる。歩き続けているのにも関わらず、暑くもなく寒くもない心地いい天気だった。
ふと、遠くで何かが聞こえた気がした。足を止め耳をすませば、幼い子供の声のようだった。朗らかな笑い声が鳥の鳴き声と葉の揺れる音しかしなかった空間にこだます。
(子供…?どこから…。)
一際大きな風がスカートを揺らす。
(こっち…かな…。)
なんとなく、そんな気がしたのだ。そのまま歩みをすすめれば、一層明るい空間にでた。
明るいと思ったのは、木々が開け惜しげも無く太陽の光が注がれていたからだ。眩しくて目が眩むのに、どこか懐かしい、優しい光に包まれた。
「お姉ちゃん、だぁれ?」
気づくと、目の前に少女がいた。赤いリボンのついた真っ白のワンピースに身を包んだ少女は真っ黒な目で私を見つめていた。
(…あれ、いつのまに…。)
いきなり目の前に現れた少女に驚いて固まっていると、無言で見つめる私を不思議に思ったのかキラキラと光に反射する綺麗で長い黒髪を揺らし首を傾けた。
「ねえってば!」
「え、あっ。ごめん…。」
少女が私の制服の裾を掴んで揺らしたことでやっと意識が引き戻されてきた。ちょっと不機嫌そうな顔になった少女に合わせて屈み、もう一度謝罪を述べた。
「ごめんごめん。いきなり目の前にいたからびっくりしちゃった。」
「もうっ。ひとのはなしはちゃんときいてないとだめなんだよっ!」
「そうだね。今度から気をつける。ここで何してたの?ひとり?」
「うん!ひとりであそんでたの!」
「へ?」
すぐに期限のなおった少女に何気なく聞いたのだが、どこか離れたところに親がいると思っていた私は無邪気な返答に思わず気の抜けた声をあげてしまった。
(ひ、ひとり?こんなに小さい子が?ここ、結構深いところにあると思ったのに?)
「ひ、一人で来たの?お父さんやお母さんは?」
「いないよ!だってここはわたしだけのひみつきちだもん。」
自慢げに胸を張る少女の言葉が信じられず、ひみつきちと言ったそこを見渡す。大きめの庭ほどある開けた空間の奥には木々の間に屋根が垣間見えた。小屋といっても差し違えない家のようだった。
「随分…素敵な所ね…。」
「でしょ!わたしだけがはいれるところなのに、おねぇちゃんはどうやってきたの?」
思わず零れた素直な言葉に少女はその笑顔をさらに綻ばせた。
「わ、分からない。お姉ちゃん、迷子みたいで…。歩いてたら着いちゃった…みたいな?」
えへへと笑いながら打ち明けると少女はそのキラキラした目を一層輝かせて、私の制服の袖を引っ張りながら言った。
「そうなの?じゃあわたしのひみつきちできゅうけいしていいよ!ここのさいしょのおきゃくさまだ!」
こっちにきてと、屋根のある方へ袖を引く少女に着いて行きながら考える。
(なんだか…へんな所…。風や鳥の音は聞こえるのに、時が止まっているみたい…。)
上を見上げればまだ高いところで照り続ける太陽がある。最初に見上げた時より少なくとも一、二時間は経過していると思ったのだが、ちっとも動いた気配がない。
(体内時計狂ったかな...)
少女に導かれるまま、私は小さな家の中に招かれた。
「ようこそ、はじめてのおきゃくさま!わたしのひみつきちへ。」
ワンピースを翻し、くるっと振り返った少女はお行儀よくお辞儀をしてみせた。顔をあげた少女は、にぱっと可愛らしい笑顔で笑った。
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