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「ふぅん。あんたが寝不足って珍しいじゃない。いっつも常人の2倍は寝てる癖に。」
友人は手元のノートの上を滑らせるペンを止めることなくさらりと失礼なことを言い放つ。
「寝不足っていうか…。なんかずっと夢見てて深く眠れてないっていうか…。眠った気がしないっていうか…。」
なんだかんだ相談に乗ってくれる友人は、あまり口は宜しくないが人一倍優しい性格なのを知っていた。だからかついつい色々なことを喋ってしまう。
「へぇ。夢ってどんな?」
「それが覚えてないんだよね…。なんか、遊んだ…?歩いた…?」
「いや大雑把すぎるでしょ…。」
呆れ顔の友人は悪い夢じゃなくてよかったねと一瞥もくれずに言う。やはり優しくてとても良い人だ。
根は真面目な友人は綺麗な字をノートに綴る。伏せられていても分かる大きな黒い瞳はどこかで見たことある気がした。
「…なに?ジロジロと。」
流石にまじまじと見すぎたのか怪訝な顔をした友人は顔をあげる。
「あ、ごめん。…どっかで見たことある気がして…。」
「はぁ?毎日会ってるんだから当然じゃない!」
「あ…。だ、だよね!」
なに言ってんのよとまた2人の間に笑い声が響く。そして、また他愛もない話が続いていく。私はこの時間が1番好きだった。
「そうだ。私たまたま職員室で聞いたんだけどさ、こないだのコンクールに出したとかいうバカでかい絵。結果聞いた?」
「あぁ、あれね。流石に聞いてるよ。準特選でしょ?」
「そうそう。凄いじゃない。気合い入れてたものね。」
「別に凄くないよ…。規模だけは大きいコンクールだし、準特選がどれほどいると思ってんの…。特選ならまだ誇れるのに…。」
友人がふいに言った言葉に表情が固くなるのが分かった。それは私が完全に趣味で描いている絵のことだ。美術部にも属さずほぼ独学で勉強しているのだが、自分でも上手く描けたとは思えないし、お情けのような賞に喜べなかったのだ。一気に顔が暗くなった私に気づいたのか、友人が言う。
「そう?私は結構好きだったけど。あの絵。なんかかっこよくて。」
「ありがとう…。ちょっとモチベ戻ってきたかも…。」
友人の言葉に少なからず励まされ机に突っ伏す。言ってくれたことはとても嬉しいが、最近自分の才能の無さには嫌気が差していた。
(せめて、もっと上手い人の絵を見て勉強し直すか…?あれ、でもそう言えば…。)
「ねぇ。あなたもむかし描いてたよね?もう描かないの?」
ふと思い出した昔の記憶。確か彼女は可愛らしくも幻想的で周りを圧倒するようなセンスを武器に描いていたはずだった。それは、幼い私から見ても惚れ惚れするほどで、私は彼女の絵が好きだった。
だが、今度は友人が表情を暗くする番だった。
「…描かない。あんたみたいに上手じゃないし、興味無い。ていうかそもそも好きじゃない。」
彼女から返ってきた答えに酷く驚いた。普段自信満々の友人から自虐的な言葉が聞こえたからではない。私の記憶の中の彼女はとても楽しそうに絵を描いていたから。とても生き生きとした姿に何度も元気をもらったからだった。少なくとも上手下手を気にして『好き』を辞めるような人ではないし、好きじゃないという言葉も偽りだと思ったのだ。
「なんで…。」
やっとのことで絞り出した声は自分でも驚くほど泣きそうだった。
「は?」
「なんで、そんなこと言うの…?あんなに好きだったじゃん!楽しそうに描いてたじゃん!また一緒に描こう?きっと楽しいよ。また、2人で…。」
否定的な言葉があまりにも悲しくて、私は一気にまくし立てる。才能の有無は今現在私も悩んでいる事だったし、場所に困っているなら一緒に美術部に入ろうと、そう言った。2人で居られるなら私は場所なんてどうでも良かった。
「…。」
「ね?今までちょっと忙しかっただけでしょ?また一緒に描こうよ。」
「何度も言わせないでよ。」
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