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渢奈の母――柚麗は歌舞伎町にある高級クラブ“花天月地”でママを務めており、彼女は瑞洲組の現・頭将吾の愛人で、本妻公認である。
つまり渢奈は妾の子ということだ。
それは若頭である託也も同じで彼の母親も愛人であったが、彼女は託也が五歳になる年に失踪し、そのまま行方不明。
柚麗は元々瑞洲組が経営していたキャバレークラブで働いていたが、言葉使いや礼儀の良さ、その美貌と実績から将吾がクラブを開店する際に引き抜いた人材だった。
クラブを開店すると将吾が度々店を訪れ、会う回数が多くなるとそのまま愛人となり、彼との間に子供が出来ると柚麗は自ら本妻へ謝罪しに行った。
しかし彼女は咎められることはなく、その晩は将吾が朝まで説教を食らったらしい。
本妻は責任を持って柚麗と渢奈を瑞洲家へ迎え入れろと将吾に命令し、現在では共に暮らしている。
「あらまあ、龍司くんじゃない」
店に入ると柚麗はすぐに龍司と渢奈に反応する。
柚麗は真珠色の着物を着て、シンプルに夜会巻きで髪を纏めていた。
今年で五十を迎えるが、その美しさは年不相応である。
「渢奈。どうしたの?」
「今週ママに会えてなかったから会いに来た」
渢奈がそう言うと柚麗は「まあ嬉しい」と彼女を抱き締めて、頭を撫でる。
とても仲睦まじい親子だ。
「柚麗さん。渢奈にはいつも世話になってます」
龍司が頭を下げると柚麗は「あらあらとんでもない」と笑った。
「こちらこそ。渢奈を可愛がってくれてありがとう。こんな仕事だからすれ違いが多くてね、この子には寂しい思いばかりさせてるから龍司くんにはとても感謝しているのよ」
柚麗は「さ。せっかく来たんだから飲んでって」と席を案内する。
まだ開店したばかりなのであまり客が入っておらず、店内は静かだ。
奥のボックス席に通された龍司の隣に渢奈も座る。
船場と村央はどちらも下戸であり、車で待っているので長居するつもりはない。
柚麗がメニュー表を持ってきて「さてと、何飲む?」と龍司に渡そうとするが、渢奈がそれを阻止する。
「ママ。龍兄は野菜不足なのでまずは野菜ジュース」
「あらやだなぁに?またエナジードリンクとかばかり飲んでいるの?」
図星の龍司は視線を泳がせて「まあ、その…たまに…」と小さな声で答える。
すると柚麗は「も~ダメじゃない」と呆れた声を上げて奥の厨房へ引っ込むと一リットルサイズのペットボトルを手に戻ってきた。
ドンッと大きめの音を立ててテーブルに置かれたのはトマトベースの野菜ジュースで「まずはこれね!」と柚麗が元気よく言う。
龍司は明らかに嫌そうな顔をする。
「何でクラブに野菜ジュースがあるんだよ…つーか一リットルも飲んだら腹膨れちゃうって」
「お酒よりも野菜!健康重視よ!」
龍司と柚麗が親子のようなやりとりをしていると幹部クラスのボーイが「御取込み中申し訳ありません。柚麗さん、お話が」と声をかけてきた。
柚麗は「ちゃんと飲んでね」と龍司に念押しするとボーイと共に従業員用フロアへ続くドアの奥へ行く。
渢奈と二人きりになった龍司は「…手伝って?」と彼女に協力を願うが、「ダメ」と冷たく返されてがっくりと項垂れた。
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