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「お疲れ様です!若ッ!」
スーツやベストを身に纏った五十余名の男衆が列を成し、託也に向かって深々と頭を下げる。
託也はここ高級ホストクラブ“ETERNITY”のナンバーワンホストで元締めである“瑞洲組”の跡取り息子だ。
組を受け継ぐ予定にされているためただ若頭となっているが、本人はあまりその気ではない。
「昨夜は俺がいなくてすまなかった。昨日少なかった分、今日は四千万を目標に皆も頑張ってくれ!以上だ!」
「はいッ!」
男衆は力強い返事をするとすぐさま開店準備をしに各々ポジションに散り、仕事に取りかかる。
この店に勤めるホストやスタッフは全員が瑞洲組の人間で、若い衆もいれば長年勤めているベテランもいる。
組に入ったばかりの若い衆はこの店に勤めて、この街や組のルールを学ぶことが基本だ。
「若。今日も予約が入ってます。二十一時から小野寺様、それから零時に六合村様です」
店の予約をパソコンで確認していた桐屋がそう伝え、六合村の名前を聞いた託也はうんざりした顔をする。
「あの人、話し長ぇんだよな…二時で店閉めてぇけど二時間で帰ってくれるかな」
「申し訳ありません。我々が下手に助け船を出そうとすると機嫌を損ねてしまいますので…」
御付きの一人であるティアドロップ型のサングラスをかけた大沼が眉を八の字にして言うと「そうなんだよなぁ。あーあ、時間勿体ねぇ」と託也が腕を前に組んだ。
「今夜は御帰りになられますか?」
「ああ。たまには親父に顔見せてやらねぇとな」
「では仕事が終わり次第、お送り致します」
大沼の申し出に託也は「すまねぇな。頼む」と彼の肩に手を置いて、そのまま奥の部屋に戻る。
部屋に置いてある冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出してソファに腰かけた。
これから相手をする客のことを考えると今すぐにでも逃げ出したい気分だと託也は溜息をつく。
いつぞや若い衆に溜息ばかりついていると幸せが逃げると言われたことがあるが、その時は身体的なリラックス効果もあると負け惜しみを言った。
正直なところ勝手に出てくるものを咄嗟に止めるなど出来るわけもなく、だだ漏れになってしまうのは仕方のないことだと思う。
彼は心配して言ってくれたのだろうけど、当時まだ子供だった自分は素直に受け止めることをしなかった。
今でも子供だが…と自分を嘲笑う。
水を少し飲んだ託也はローテーブルに置いてあるノートパソコンに電源を入れて、ここ一カ月の売り上げを確認する。
高級とうたっているだけあって一日の最低売り上げは一千万、大体の平均売り上げは二千五百万から三千万だ。
政府から見放された地区であってもこの歌舞伎町に娯楽を求める人間は後を絶たない。
パソコンを操作しているといつの間にか時間が過ぎ、桐屋が「開店します」と声をかけに来た。
託也はすぐにファイルを閉じてパソコンの電源を落とすと「すぐ行く」とソファから立ち上がり、部屋を出る。
店のメインホールで男衆が再び列を成していて、託也は彼らの前に立つと大きく息を吸い込んだ。
「野郎共、今夜は忙しくなるぞ。誠心誠意、全身全霊でお客様に尽くしやがれ!」
「はいッッ!」
男衆は力強い返事をすると店の入り口に向かって整列し、最初の客を迎える。
男たちの長い夜が始まった。
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