屋上

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 仕事を終えた託也は大沼が運転する車の後部座席に乗り、背凭れに身体を預けてぐったりしていた。 託也が最後に相手をしていた六合村は五十代の女性で、彼が勤め始めてから熱心に通い詰めている常連の一人だ。 来てくれるのは良いのだが、彼女のテンションの高さと話の長さが託也をうんざりさせる。 実に饒舌極まりない。 「二時前に帰ってくれたからいいけどよ…本当(ほんっと)マシンガンみたいな人だよな。次々話が出てくる」 それでも託也が丁寧に対応するのは彼女の寂しさを少しでも紛らわせてあげるためだった。 六合村には託也と年近い息子がいるそうだが、独り立ちしてからはあまり連絡をとっていないそうだ。 彼女から電話をかけても迷惑そうな反応をされ、大した話もせずに切られてしまうらしい。 夫も無口な上に仕事中心の性格で、せっかく家に帰って来てもリビングだったり自室だったりでノートパソコンを開き、話の相手をしてくれないそうだ。 友人と話をしてもどこか寂しさを感じてしまうらしい。 『私が子離れしなきゃいけないのにね…』 六合村の口癖だ。 彼女なりに子離れできていないことが自分の悪い点だと認識している。 独り立ちした息子にあまり干渉し過ぎてはいけないと思っているようだが、どうしても心配になって連絡をとりたくなってしまうらしい。 六合村の話は長くてうっとおしい内容のものも多いが、彼女が息子の話をする時だけは託也はいつも親身になって聞いていた。 託也の母親は彼が小さい頃に行方をくらまして、帰ってくることはなかった。 そのため母親の愛情というものをまともに受けられなかった託也は心配してくれる母親がいる六合村の息子が羨ましいのだ。 「子離れかぁ…俺には分からねぇな」 話は真剣に聞くが、解決に繋がる気の利いた回答をしてあげられないため、少し歯痒さを感じている。 「まともな母親って何だろうな…」 託也の独り言に大沼は何も言えない。 大沼自身もまともな育てられ方をされなかったからだ。 瑞洲組に入って来る輩は大半がまともな成育歴でなかった者が多く、酷い者は実の親にゴミとして捨てられ、運良く見つけた組員が連れ帰り、直接組の中で育った者もいる。 もし自分が母親の元で育ったなら、彼女の息子みたいに冷たい態度をとっていたのだろうか。 見当もつかない考えに託也はハー…と静かに溜息を漏らした。   「オウ託也!(ひっさ)しぶりだなぁ!」  瑞洲組の家に着くと玄関に入って父親である現・(かしら)将吾(しょうご)が笑顔で託也を出迎える。 久々に顔を合わせたので喜んでいるようだ。 託也が力無く「ただいま…」と言うと将吾は彼の肩に手を置いた。 「何だよ!久しぶりに会ったっていうのに元気()ぇな!」 「一応、仕事上がりだから…」 シャワーを浴びてさっさと寝たい託也は彼の手を振り払い「それじゃ」とその場を去ろうとするが、将吾は「いつぶりだ?正月以来か!」と会話を続けようとする。 託也が返事もせず廊下を歩き出すと将吾もその後ろをついていき、「ちゃんと飯食ってるか?」「店は繁盛してるみてぇだな!」と色々話しかけてきた。 「俺、シャワー浴びに行くんだけど…」 「湯船にお湯張ってあるぞ。たまには一緒に入るか?」 託也は「冗談だろ…」と言いながら脱衣所の扉に手をかけ、中へ入ろうとした時、将吾の声色が変わる。 「龍司は相変わらずか?」 彼の問いに託也は足を止め、ふーと鼻から息を吐くと「うん」と肯定した。 「その感じだと戻って来る予定無さそうだ」 「話題に出すとすぐ逃げちゃうんだ。俺も義兄さんに頭をやって欲しいのは山々なんだけど」 「オイオイ。頭は託也でいいんだよ。龍司にはお前の傍にいてサポートをして欲しんだ」 将吾はあくまでも託也に跡を継いで欲しいようだが、本人は自分よりも相応しい龍司が頭になるべきだと考えている。 この話は幾度となく将吾にも龍司にもしてきた。 自分は上に立つよりも誰かの支えになる方がずっと向いていると託也は思っているため、はっきり跡を継ぐと言ったことはない。 「俺はまだ諦めないから。いつか絶対義兄さんに跡を継がせる」 託也はそれだけ伝えると脱衣所の扉を閉める。 将吾の「オイ、託也」という呼びかけが聞こえたが無視して服を脱いで浴室に入った。 一人では広すぎる浴室で託也は頭上からシャワーを浴びて、シャンプーを手に取り、ワックスが付いた髪を洗う。 身体も洗い、すべて洗い流すとシャワーの栓を止めて湯船に入った。 肩まで浸かって静かにふー…と息を吐き出す。 先ほどの将吾との会話を思い出し、天井を見上げながら「親父も義兄さんと同じこと言うよな…」と一人ぼやいた。
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