桔梗に込めた祈り

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桔梗に込めた祈り

 沖田の具合はその後少し落ちついたようだったが、いつまたぶり返すかと思うと、千代は仕事中もぼんやりとしておこうに叱られてばかりだ。とても平静を保てるわけがなかった。  ある日、悠太郎が任務の合間を縫って、沖田の代わりに金平糖を買いに来た。 「沖田さんの具合はどうですか、お変わりありませんか?」 「うん、実はこの頃、ちょっと金平糖を食べにくそうにしてるときがあってね、もう少し口当たりのいい菓子はないもんかな」 「うす皮饅頭やなくて、ってことですか?」 「ああ、ちょっと色の付いたものがお好みなんだ」 「色……。ほな、おこうさんに相談してみます」  そうだったのか、沖田が金平糖を好むのは星のような形の可愛さだけではなかった。このカラフルな色も好きだったのだ。  さっそく店に帰って、おこうに相談した。 「色のあるお菓子やと、練り切りやろか」 「練り切り?」 「桜や紫陽花をかたどって中に餡の入った上品なお菓子や」 「あ、それなら見たことがある!」  和菓子屋の店頭を飾っている上菓子で、お茶席に出す和菓子のことだ。  それなら総司さまの好きな紫色のお菓子にしたい、と千代は思う。  沖田はいつも浪士髷を紫の元結で束ねているのだ。  そうだ、どうせならわたしの着物の柄と同じ桔梗のお菓子にしてみよう。  果たして自分に作ることができるのか、一抹の不安はあるものの、材料探しに出かけることにした。  錦市場で白玉粉、砂糖、白いんげん豆を手に入れた。 「あとはあの鮮やかな紫色や」  色粉のない時代、着色料は自然の植物から採るしかない。 市場をくまなく探したが、めぼしいものはなく、裏通りをふらふらと歩いていたら、小さな八百屋があった。 店先に陳列されていた紫色の野菜にピンときた。 「これ……、紫キャベツだ」 「牡丹菜、いいますえ」 「牡丹菜?」 「鮮やかな色ですね、これください」  ひらめきどおり、牡丹菜を刻んで、煮詰めて絞ると、紫色の煮汁になった。 「きれい……。これならイメージ通りの桔梗になる」 天然の着色料のできあがりだ。  白玉粉に砂糖を混ぜ合わせた求肥と白餡を捏ね、牡丹菜の着色料を混ぜて生地を作る。 餡玉を生地で包み、竹くしやヘラを使って桔梗の花型にするのは、楽しい作業だ。これを木箱に詰めて屯所まで足を運んだ。 「色々、試行錯誤して、完成しました。これを沖田さんに……」  風呂敷をほどき始めると、悠太郎は「上がれ」と言う。 「いいんですか?」 「おまえから直接渡したほうが、喜ばれるだろう」  悠太郎の案内で沖田のいる奥の部屋に通された。 「失礼します。沖田さん、『さくらや』の千代です。お菓子を持って参りました」 「おお、お千代さんか、よく来たね」  沖田は読んでいた本を閉じた。木箱に入った桔梗の菓子を差し出すと、手に取ってじっと見た。 「きれいな色だねぇ」 おもむろにぽいと、口に入れる。 「うん、美味しい。美味しいよ、お千代さん」 「ほんとうですか? これなら口当たりもいいとおこうさんに教えてもらいました」 「どれ、おれももらおう」  悠太郎も口に入れる。 「おお、美味いな。さすが沖田ファンの千代が作っただけある」 「悠太郎、ファンとはなんだ?」 「愛好者ってことですよ」 「なるほど」 「い、いえ、悠太郎さんが勝手に言ってるだけで、わたしは決してそんなんじゃありません。ただの一文菓子屋の下働きです」  千代は悠太郎を軽く睨んだが、悠太郎は平然とお茶を飲んでいた。  沖田は二個目の菓子に手を伸ばした。
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