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汐里
ハーフパンツにダブッとしたTシャツ。上下を白でまとめた少女の影は、夏の陽射しに突如現れた。まるで入道雲が湧くみたいに。
「翔吾ッ! 昨日はごめんねー!」小さく手を振りながら走ってくる。
夕立みたいに、ポツン、ポツポツンッと記憶が降ってくる。クルクル回る傘のように、渦を巻きながらハッキリとしてくる。入道雲が大きくなった。
ザッとソールの音をさせて立ち止まると、息が切れたのか細い肩が上下に揺れた。「連絡もしないでごめんね」
名前を思い出したのは、袖を折り返したTシャツの胸に書かれた「VIVASTUDIO」の文字を読んだときだった。僕の姉、中学二年生の汐里だ。シャツに白いブラがうっすらと透けて、僕はすこし怒ったように視線を逸らした。
汐里は短い髪を耳にかけて、暑さで赤らんだ頬でふぅと息を吐くと、汗を浮かべた額の下のやわらかい眉を、申しわけなさそうに下げた。
そうだ、昨日は一緒にお祭りに行く予定だったんだ。子ども神輿はパスだけど、境内で店開きするたくさんの屋台を楽しみにしていたんだ。金魚すくいに輪投げ、的当て。 焼きそば、たこ焼き、焼き鳥にチョコバナナ。
──午前中は友だちの家で勉強するから、神社の入口で午後の二時に待ち合わせね。
夏休みに友だちと勉強するなんてすごいと思ったけど、約束の時間に汐里は来なかった。首の後ろが焦げるみたいなじりじりと日の照る中ずっと待った。五年生になってやっと買ってもらった携帯電話も鳴らなかったし、かけても通じなかった。いまさらながら、どんどんと腹が立ってきた。僕は目の前の汐里に約束をすっぽかされたんだ。
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