悪女と深紅の愛の薔薇

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 血を浴びつつ、小さな芽はすくすくと育っていきます。背を伸ばしながら葉を茂らせていき、やがて赤い蕾をつけました。蕾は鮮血を浴びるほどにその赤さを増していきます。  その果てに、深紅の薔薇が咲きました。  宝石のような緑の葉に、まさに血色の薔薇。血を浴びれば、その花弁や葉、トゲから血を滴らせ、その姿はおぞましくも美しいものでした。 「あなた、今日も綺麗ね」  使用人の死のあと、娘はいつも、そう薔薇に声をかけました。  ところが、時に薔薇の調子が悪くなることがありました。  赤色は褪せ、葉は力をなくし……しかし少ししたら元に戻るのです。  けれどもまた力をなくし……。  そんな繰り返しを見る中、娘は気付きます。 「あなた、血を浴びないと元気になれないのね……」  気付きます。血を浴びた後の数日、薔薇がよく輝いていることに。でも三日目には、元気をなくしていることに。けれども死刑を行えば、薔薇は元気に輝くのです。 「ごめんなさいね、気付いてあげなくて。あなたには、血が必要なのね」  娘はそのトゲを撫でました。薔薇のトゲは、娘を傷つけません。  その次の日より、娘は使用人を必ず一人、中庭で殺すようになりました。  薔薇のために――とは言えませんでした。娘は、薔薇との関係を秘密にしておきたかったのです。 「あなた、いまあたしを心の中で馬鹿にしたでしょう?」 「ちょっと、あたしよりかわいい顔してるってどういうわけ?」 「そこにいるだけで腹立たしいわ!」  だから様々な理由で、使用人の血を、薔薇に与えていきます。 「何よ、あなた、あたしの言うことが聞けないってわけ? いいわ、あたしがやるわ! そしてあんたも死になさい!」  ついには首を落とす剣を、死刑を担当する者から奪って、自らの手で使用人を殺すようになりました。  小さな薔薇の木は、命の赤色を吸いすくすく育ちます。新たな蕾が芽吹きます。新たな枝葉が芽吹きます。  この中庭で死刑になった命の分、赤い花が咲き乱れました。血のにおいは、薔薇の酔いも覚える香りに包まれました。  そこはもはや、死を迎える為の場所ではなく、人の命が薔薇になるための場所となりました。その血は薔薇の赤となり、肉は養分となるのです。 「今日も綺麗ね!」  かつては不機嫌なことが多かった娘は、返り血に汚れながらも、よく笑うようになっていました。  薔薇は彼女にとって、とても大切な存在。  彼女が笑えば、薔薇の木は風に揺れます。  全ては自分を愛してくれたものへの、愛の行為。  ――しかし、いったい誰が彼女のこの行為を理解するというのでしょうか。  * * *  屋敷で、毎日一人は死んでいき、それを補うため、街から民が毎日一人奪われて。  それだけではなく、もともと民は一族に搾り取られていて。 「いまこそ、立ち上がるべきだ!」  そう声を上げたのは、どこの誰だったのでしょうか。 「あいつらを皆殺しにしろ!」  心の小さな火種は、所詮小さな火種。  けれどもたくさん集まったのなら、大きな炎となります。 「屋敷を燃やしてしまえ!」  晴れていた空が急に曇り、土砂降りの雨が降ったかのように。  ――放たれた、小さなマッチの火。それはたちまち大きな炎となって、屋敷を飲み込みました。  使用人達はすでに屋敷を出ていました。火が放たれた、という話は、使用人達だけに伝えられたのです。彼らを蹂躙していた一族だけには伝えられませんでした。  だから屋敷が大きく燃えはじめて、ようやく一族は裏切られたのだと気付きます。 「クズどもめ、後で全員殺してやる!」  しかしその死刑を行う中庭も炎に包まれ、もうじき、屋敷は崩壊しようとしていました。一族の者は、命からがら、屋敷を飛び出します。途中、炎に焼かれたり、煙を吸い込んで倒れてしまう者もいますが、他人の命は、自分の命ではありませんから、大切にする必要はありません。そもそもこの一族に、そんな心は最初からないのです。愛されないから愛を知らず、愛することも知りません。  あの娘も、急いで屋敷の出口を目指します。父親が崩壊に巻き込まれ炎の下敷きになっても、振り返りませんでした。他人とさほど、変わりありませんでしたから。  けれども。 「ああ、あの子が!」  花の赤色とは違う、熱く乾いた赤色で包まれた中庭。薔薇の木が静かに燃えているのを見ました。蓄えた血は熱に蒸発し、美しかった花弁も、凛としていた葉も、全てしなびてしまっています。  赤い炎の道を踏み割って、中庭にかけだした彼女を止める人は、誰もいませんでした。  娘は迷いませんでした。その薔薇の木のトゲに、指を差し出しました。  ぷつりと裂けた指から溢れ出るのは、炎の色とは違う赤色です。 「あなたのことは、あたしが守る。あなたが全てだったんだもの」  そうして薔薇の木に寄り添い涙を流した彼女は、まるで抱きついているかのようにも見えました。  指先から流れ出る赤色は、ただの血ではなく、薔薇の木だけに向けることのできた、彼女の心。  燃え盛る中、薔薇の木は静かに全てを受け止めていました。  * * *  燃え盛る屋敷から飛び出した一族の者は、外で待ち構えていた人々に、全員殺されてしまいました。  そして屋敷の全てが燃え落ち、炎が消えて。  中庭には、黒くなった木が一つ。  けれどもその黒の中にぽつりと赤色が。  小さな薔薇の花です。炎よりも血よりも赤いそれは、雲の隙間から地上を照らす光に輝きます。  しかし風が吹けば、燃えた木は簡単に折れてしまいました。  まだ咲いていた薔薇の花は、木が折れた際に下敷きになり、潰れてしまいました。  ちぎれた花弁一枚が、焼け焦げた大地を撫でていきました。 【終】
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