episode001

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『続いて一番ホームには 渋谷方面行き半蔵門線が参ります。 黄色い線の内側にお下がりください』 地下鉄構内に放送が響き渡る。 8c977d4d-11be-40d9-96ce-0117ad6422f0 「ふわあー、眠い」 列車を待ちながら、 僕はそう言って、 大きなアクビをした。 とはいえ、これは、ウソである。 眠くもなければ、 アクビをしたかったわけでもない。 ただ月曜の朝の通勤時間の僕。 なぜか、しばしば、 「ふわあー、眠い」 と言って、 ウソアクビをしてしまう、 そんなクセを持っていた。 特に意味はない、、、と思う。 無意識の中で何かが起こっているとか、 そういう話となると、 僕にはわからない。 でも、無意識の所作なんて、 そんなもんだ。そうでしょう? その時。 スーツのポケットの中で、 スマホのバイブが震えた。 「はい、もしもし」 てっきり会社からの連絡かと思い、 僕はスマホを耳に当てる。 「おはよう!昨日はよく眠れた? 今日は忙しくなるよ!がんばろう!」 突然、まるでプロのナレーターのような、 ハキハキと聞き取りやすく、 明るくて好感度の持てる、 若い女性の声が響いてきた。 「・・・ええと、、、どちらさま?」 いささか気押された格好ながら、 僕は訊き返す。 「説明しているヒマはないの! さあ、急ごう!行くわよ!」 女性の声が言った。 「いや、説明してるヒマって、、、 これはあなたがかけてきた電話ですし、、、」 そう言いながら、 (はははあん、 これはさては何かのインチキまがいの 電話セールスだな) と僕は思った。 「ま、とにかく、僕はこれから出勤中なので」 ちょうど、地下鉄が目の前に停車し、 ドアが開いてぞろぞろと人も降りてきたところだ。 「いま電車に乗るところなんで。 後にしてください。じゃ、切りますよ」 そう言った途端、 電話の向こうの女性が大声を上げた。 「説明は後でするから、 まず、これだけ信じて! しゃがんでーーーっ!」 その女性の「しゃがんでーーーっ!」の声の あまりのド迫力に、 僕は驚いて、反射的に、 その場にしゃがんでしまった。 ズガン、ズガン、ズガン! 3回、物凄い音がして、 僕の頭上を、なにかしら、 硬くて早い物体が、 ヒュンヒュンヒュンと、 3回、空気を突き破り。 僕の後方にあった 自動販売機の透明板が、 バリバリバリと割れて、 その破片がホームに飛び散った。 e73ccc59-22da-4ee6-a875-3e985d12b3ae 「え?なに?なに?」 あまりのことに僕は しゃがんだ姿勢のまま、 固まってしまう。 そんな僕の格好を見て、 近くに立っていた通勤中の若いOLが、 「なに?月曜の朝から銃撃戦? バカじゃないの?死ねよ。ドクズが」 とグチりながら、 地下鉄に乗りこんでいった。 その後ろに立っていた、 70-80歳の、おばあさんも、 顔を真っ赤にして、僕を睨みつけ、 「あなたは、 大人なんだから、 こんなところで、 ガンファイトは、 ダメでしょーーー!」 と叫んでから、 やはり、地下鉄に乗って行った。 その地下鉄の車両の中からは、 サブマシンガンを両手に抱えた、 気の弱そうな、メガネで茶髪の、 スーツ姿の若いサラリーマンが、 オドオドとこちらを見下ろしている。 「お、、、お前だな? 『月曜の朝』と 『日曜の夜』を、 追っているんだろ?」 「はあ?」 僕は唖然として聞き返す。 「とぼけたって無駄だぞ! 死ねえええええええ!」 若いサラリーマンは、 サブマシンガンの銃口を僕に向ける。 (いや、サブマシンガンというか、 あれはロシア製のカラシニコフ突撃銃だな) 映画マニアの僕は、ふと、 そんなしょうもないことを考えた。 その瞬間、 「兄ちゃん、じゃまなんだよ!」 という声とともに、 イライラした中年のサラリーマンが、 地下鉄ドア口に立っていたその 茶髪にメガネの若者を、 どんと押し退け、 駆け込み乗車をした。 「ぶえ」 若い男は情けなく 満員の地下鉄車両内に 押し込められ、 プシューと地下鉄のドアが閉じ、 突撃銃を持った 茶髪にメガネの男を乗せたまま、 半蔵門線は渋谷方面に向けて 出発していった。 『えー、駆け込み乗車は、 おやめください。 そして、駅構内での銃撃戦は、 他のお客様のご迷惑となります。 おやめください』 構内に放送が響き渡った。 僕はしゃがみこんだ格好のまま、 スマホを拾い上げる。 「あぶなかったね! でも、うまくよけられたでしょう? ナイスコンビネーションだったね?」 「あのう、、、そのう、、、」 僕はひとつ深呼吸をしてから、 なんとか、声を出した。 「いったい何が起きているのか わからないけど、、、。 このままでは会社に遅れちゃうんですが」 「会社に遅れるのは、たいへんね! 急がないとね! でも、今のでわかったでしょ? 丸腰で通勤するのは危険よ!」 ますます切羽詰まった感じで、 女性の声が言った。 「一度、その駅の改札階まで戻ってくれる?」 「え?どうしてです?」 「コインロッカーのところへ、 行ってほしいの。 手配が間に合っていれば、」 スマホの向こうの女性は、 明るい声で言った。 「そこに、あなたの武器が 届いているはずよ!」
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