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同じクラスなら名前ぐらいは覚えてないと失礼であるという気持ちがあって、思い出さなければと、悠人は記憶の引き出しをもう一度ひいた。配布物、名簿。出席番号一つ違いなら思い出しようがある。そうだ、後ろから前に回ってくるプリントに書いていた名前。
「北野さん」
そう、北野綾穂だ。思い出すと同時に声が漏れた。
「ん?」
悠人は慌てて会話を繋げる。
「き、北野さんは何やってたの?」
北野はまるで家の座椅子にでも座っているかのように足をたたんで、月明りを前に胸の前で枝毛を探していた。
「私は彼氏んちに借りてたもの返しに行ってた。その帰り」
あっけらかんとしたその口調に、高校生にもなれば付き合うことなんて当たり前のことなんだろうかと思わせられた。同い年だというのに自分には縁のない世界の話だな、とも思う。
「浜高生?」
浜高とは悠人たちの通う浜峰高校のことだ。
「ううん、あの人馬鹿だから、住高いってる」
確かに、住ヶ谷高校は部活は盛んだがあんまり頭はよくない高校のはずだ。
たしかに馬鹿だねと言うわけにもいかず、へえ、と生返事をする。
真横に座る人との会話は、自分の視線をどこにもっていっていいのかわからない。悠人はやり場のない視点を意味もなくシーソーに合わせたり、ブランコにもっていったりする。
ふと、北野が悠人の足元に視線を落とした。
「それ」と悠人の左足首に巻かれているミサンガを指す。黄色と黒と灰色が交互に絡み合っている矢羽根模様のものだ。
「ああ、これ。母さんが、こういうの作るの好きだったんだ」
その発言が過去形であることに北野は触れない。空気を呼んだのか、単に気に留めなかっただけなのか。ベンチの裏から差し込む街灯の光が、ちょうど北野の表情をほの暗く塗りつぶしていて分からなかった。
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