夏休み

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「かわいいね」とつぶやき、北野は顔を上げ、夜空を見上げた。月は薄い雲に覆われていた。 「どんなお願いしてるの?」 「お願い?」 「うん、ほらミサンガって自然に切れたらお願い事叶うっていうじゃん。あ、ちょっと子供っぽかったかな?」 「特になにも…。なんとなく、つけてるだけなんだ」  丈夫に編み込まれてて全然切れそうにないしね、と付け足す悠人には分かっていた。自分の本当に望むものがあるとすれば、それは切実すぎる。そして絶対にかなわない。こんなまじないでいたずらに、触れるべきではない。 「さっきも言ったけど尾崎くん走るの好きならさ、ほんと陸上部入らない? けっこう私本気で誘ってるんだけど」  身を乗り出し、さっきとは一段階ギアを上げたような物言いに悠人は少し気圧される。 「ご、ごめん。部活とかはいいかなって。土日はバイトもあるし」 「え? 尾崎くんバイトしてるの?」  しまった。悠人は思わず自らの口を押さえた。  悠人たちの通う浜高ではアルバイトは禁止だ。バレたら退学はないにしても、停学は避けられないだろう。  いや、あの、とまごつく悠人に対して北野は、 「別にいいんじゃない? 誰かに迷惑かけてるわけでもないし。私も言わないよ」と言ってくれた。  北野はいつの間にか取り出していたスマートフォンの側面のボタンを押す。薄暗い中で長方形の明かりがはっきりと浮かび上がった。 「まあいいや、ライン教えて」  ちょっと食べる? とお菓子でも出すように、北野はスマホを悠人の目の前で振る。 「ごめん。今、携帯持ってない」 「携帯しなかったら携帯じゃないじゃん」  呆れたように息を漏らした北野は何かしら操作をして画面を悠人に向けた。 「これ、私のID。覚えて」  北野の名前であるayahoと生年月日らしい数字が繋がっているだけのもので特段覚えにくいものではなかった。 「今日中に連絡すること」  そのとき、ひょこっと黒い影が自分の膝に乗ってきた。 「うわっ」  あまりにも当たり前のように悠人の膝の上で丸い体をさらに丸める。コールタールを全身で浴びたように真っ黒な猫だ。
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