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「ちょっと」
悠人の視線は手元のパッケージに落としたままだが、その声は少年に向けた。男の子がビクッと震えた空気を感じる。できる限りおびえさせないような声のトーンで続ける。
「レジに持って行って普通に買って。お金はあげるから」
悠人は自らの財布から一万円札を取り出し少年の手提げバッグの中に滑り込ませた。
少年は何も言わずにカバンを抱きかかえるようにしてそのまま早歩きでレジの方に向かっていく。レジは奥にあるから外から覗き見ることはできないだろう。
手持ちの金がなくなった悠人は反対方向の出口に向かっていった。悠人には、そのおどおどした表情だけで、彼の置かれている状況が瞭然に理解できた。
外に出ると、小学生たちの姿はなくなっていた。やっぱり、と悠人は確信した。
彼は友達から万引きを強要されたのだ。そして商品を持って行かないと、手加減を知らない子供の考え得る最大限に残酷な目に合わせるとちらつかされている。実際にその脅しを実行するかどうかなんて受け手には。
取り巻きたちがいなくなったのは、悠人がその子に近づいたのを見てバレたんじゃないかと思ったからだろう。
悠人は反対側の歩道から、店の入り口を眺めることにした。ほどなくして、少年が出てきた。あくまで盗ったことにしたかったのか、店の袋はもらわなかったみたいだ。店内にいたときと全く同じ風貌だった。
友達がいなくなっているのをみると、そのまま少年は友達を探すでもなく、短い歩幅でゆっくりとその場をあとにした。
自分は何をしているんだろうか。しばらく悠人は暑さを忘れて、その場に立ち尽くしていた。何がしたかったのだろうか。
うちに帰って、ランニングにでかけよう。
走っているときだけが、走っているときの苦しさだけが、自分を正常な状態に保ってくれるから。
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