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「はい、どうぞ。お返しします」
「……まあ、そもそもは置き忘れた俺が悪いわけだし、拾ってもらったんだから感謝する気持ちは常識人としてあるつもりだけど、とりあえず聞く。その持ち方はなんだ」
その、と指摘されたのは、落ちるか落ちないかギリギリの指先だけで摘まんでいることだろう。
「いや、だって、トイレに置いてあったの思い出したら、ねえ」
「仕方ないだろ、ここのは共用なんだから!」
個人店の本屋さんにあるトイレだから贅沢は言えないし、あるだけ親切というものだけど、落とし主が男子だとは思わなかったのも確かだ。
わかっていたら、拾わなかったかもしれない。
ともかく、スマホを受け取った眼光鋭い男子は、ようやく足ドンから解放してくれた。
去り際に見せられたジャンパーの背中には、ででんと髑髏の刺繍が入っていて、長めの茶髪と態度の悪さが、いかにもを醸している。
どう匂ってもヤンキー臭が芳ばしく、改めて、人身売買を心配した由仁の想像力が特別豊かなせいではないなと頷いておく。
と、ヤンキー少年がこちらに首を回して一言。
「まだ何か?」
再び睨みつけられたけれども、今度の正当性は完全にヤンキー側にあった。
なにせ、由仁が髑髏ジャンパーのリブ裾を掴んで、引き止めているのだから。
「俺、ぐいぐい来られるのって苦手だから、逆ナンお断りなんだけど」
「なっ、ちが、違うからね!? ただ、さっきの小説、どこのサイトのか知りたいだけだから!」
「……は? はあっ!?」
正直に告白したら、ものすごい顔を向けられた。
そりゃあ、人様のスマホをおもいっきりタダ見してましたって告白したも同然だから、文句を言われても反論はできないのだけれど。
これでも、最初の動機は、もしかしたら持ち主がわかるかも、という親切心八割に好奇心を含んだその他二割で触ってみたのだけど、目に飛び込んできたWeb小説を由仁の興味本意に導かれるまま読み耽っちゃたものは仕方ない。
いいじゃないか。
お店のWi-Fiを経由してたし、少なくとも、作者さんにとって読者が増えるのはウェルカムなはずだ。
あ、でも、ヤンキー君が同坦拒否勢だったら、受け入れられないかも……などと考えていたら、見る間にヤンキー君がリトマス試験紙も真っ青な勢いで真っ赤に反応していった。
「なぜに??」
その理由はファーストフード店に連れて行かれてから判明するのだけど、それは、由仁にとっても大きくて貴重な出会いだったと気づくのは後々のこと。
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