首を……奉れ

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首を……奉れ

  これは、古い空き家などをリフォームし、古民家として再利用する事を生業としていた、自治体のメンバーであるAさんと、私こと狐が体験した話。 その日、Aさんの家に泊まりに行った狐は、Aさんの仕事に興味を持ち、翌日二人で一緒に出かける事にした。 仕事内容は冒頭で説明した通り、自治体が管理する事になった空き家をリフォームする事だ。 町おこしの一環でもあり、大事な事業の一つでもある。 ただし、今回はちょっと訳ありだと、件の空き家に向かう途中、Aさんは車内で狐にこんな事を話して聞かせた。 物件の所有者曰く、四十年もの間誰も人が住んでおらず、あの家にはお化けが出るとの噂まであるとの事。 買いてもつかず、田舎だから安いとはいえ、これ以上管理はできないという事になり、自治体に寄付する形になったという。 その話を聞いて狐が不安そうにAさんに尋ねた。 「事故物件ってやつ?」 「う~ん、それが時間が経ちすぎてその経緯もよく分かってないのよね、ただ……」 「ただ?」 「居間にある縄を取るなって、前の所有者が言うのよ」 「縄?」 縄と聞いて狐は頭の中で想像をめぐらせた。 お化けが出る家、だとしたら縄というのは、やはり首吊りみたいな感じで輪っかの紐でもぶら下がっているのだろうかと。 「首吊りするような縄とかじゃないよね……?」 「ピンポーン正解おめでとう、回答者には漏れなく貴重なお祓いイベントに強制参加ね」 「やだやだ降りる!帰る!えっ?お祓い?何それ聞いてないんだけど!?」 「いやあ狐も良いタイミングで遊びに来てくれたよね、私一人立ち会うのも嫌だったんだけど本当に助かったわ、鴨が葱背負ってやって来るってこういう事言うんだね」 「鴨って誰の事よ!」 Aさんは黙ったままニヤリと笑みを浮かべ助手席を指さして見せた。 「ちょっとAさん!?」 やがて、二人が押し問答を繰り返す中、車はとある山奥の民家の前に辿り着いた。 「海も一望できるし見晴らし良いとこだから、リフォームすれば人は呼べると思うんだよね~」 Aさんが辺りを見回しながら目を細める。 狐もそれには賛同するが、件の民家を見て思わず溜息を漏らす。 ある程度管理はしていたようだがやはりその様子は酷い有様。 瓦も所々禿げ落ち、壁は一目見て傷んでいるのが分かる。 蔦のようなものが幾重にも家を取り巻いており、正直見晴らしが良いだけでここを引き取るという考えが狐には理解できない。 「ま、まあ改装すればなんとかなるって、住めば都って言うじゃん、私達としては、少しでもこういう家を増やして人を呼ばないといけないわけだし、ほら行こう、先生も中で待ってるからさ」 「先生?」 「さっき言ってたお祓いしてくれる祈祷師さん、この辺りでは結構高名な人らしいよ?」 「ええ……やっぱり入らなきゃだめ……?」 「だあめ、ほら、待たせてるんだから行くよ」 Aさんに促されるまま、狐は背中を押されるようにして、気の進まない足取りで民家へと入っていった。 外とは違い、中は意外と小綺麗にされていた。 かび臭い匂いは残るが、定期的に換気されているのか埃も少ない。 おそらく以前の所有者がマメな人だったのかもしれない。 キシキシと軋む廊下を進んで行くと、丁度角を曲がった所で二人は足を止めた。 部屋の前に、七十歳くらいの白装束の老婆が一人立っていたからだ。 老婆はこちらに気付くと、近寄って来て深々と一別してきた。 慌てて二人が頭を下げ返すと、老婆は重い口を開く。 「お祓いは終わったよ……」 「本当ですか!ありが、」 Aさんがそこまで言いかけた時だ。 「失敗だ……」 「えっ?」 一瞬にして重苦しい空気が辺りに流れる。 「あんなの人の手におえるもんじゃない、諦めなさいな」 「いえ、しかしですね」 老婆に食い下がるAさんを横目に、狐が口を開いた。 「中……見てもいいですか?」 すると、老婆は一瞬戸惑いつつも狐に小さく頷いて見せた。 「ただし、絶対に縄に近づいちゃいけないよ……」 老婆の射すくめるような目に思わず後退りする狐だったが、やがて頷き返し、日に焼けた襖に手を掛けた。 立て付けが悪いのか、襖はギギっと鈍く軋む音を立てる。全て開き終わり部屋の中を覗く二人、だが、その目は同時に大きく見開かれていた。 家具などは一切ない。 畳八畳分程の和式の部屋。 ただしその中央には、異様な光景が広がっていた。 天井の梁、そこに結ばれた古そうな荒縄。 それがぶらりと垂れ下がり、先の方で丁度人の頭が一人分入るであろう輪っかができている。 「聞いてはいましたけど……ほ、本当だったんですね」 Aさんはゴクリと喉を鳴らし縄を見入っている。 「こ、これ、近づいちゃダメなんですよね?」 横にいた狐が恐る恐る老婆に尋ねると、老婆はゆっくりと頷く。 「首を持っていかれたくなければね……」 その時だった。 ──首を……。 「えっ?」 狐の耳元で、囁く様な老人の声がした。 先生と呼ばれた老婆とは違う、低い男の声だ。 咄嗟に狐が辺りを見渡した。 まるで見えない何かを探すかのように。 「どうしたの?」 その行動を不審に思いAさんが狐に尋ねる。 それに対し狐は怪訝そうな顔で答えた。 「今、声が聞こえた気がしたの……」 「声?何て?」 「首を……って」 「ちょっやめても狐そういうの!」 「本当だって!今聞こえたもん!」 すると、黙って二人のやり取りを聞いていた老婆の顔が見る間に青ざめ二人の間に割って入ってきた。 「出るよ!今すぐ!!」 血相を変えた老婆に驚き、二人は言われるがまま外へと飛び出した。 「ハアハア……あ、あの、な、何かあったんですか?」 息を切らせながら狐が老婆に言うと、老婆は息を整え重い口を開く。 「首を……奉れ……」 「首を……!?そ、それさっき私も聞きました!首を、までしか聞こえなかったけど」 「最後まで聞こえたら引きずり込まれとったやろうな……そうか、あんたには聞こえたか……じゃあアレは見えたんか?」 神妙な顔で聞き返す老婆に、狐は困った顔で首を横に振った。 「い、いえ、聞こえただけで何も……」 「そうか……ならええ、アレが見えとったんなら大事や……」 すると、さっきまで黙っていたAさんが食い入るように老婆に尋ねた。 「あ、あの!あ、アレって、先生には何か見えてたんですか……?」 「見えとったよ、ずっとな……あんたらにはアレがただの縄に見えたのかもしれんが、わしの目にはずっと見えとった。薄気味悪い笑みを浮かべた爺さんが、天井からぶら下がって縄を持つ様が……アレは待っとるんやろうな……あの縄を持ってずっと、引きずられるもんを……あんなのは初めて見たよ……」 以上がAさんと狐が体験した話である。 その後、あの家の古民家計画がどうなったか狐が幾ら尋ねても、Aさんは都合が悪くなったように話をはぐらかし聞かせてくれようとしない。 今も、あの家はあの場所に在るのだろうか。天井からぶら下がる荒縄と、不気味な老人と共に……。
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