暑中見舞い、申し上げます

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暑中見舞い、申し上げます

  これ実際にあった事件に絡む様なお話なので詳しくは言えないんですけど、とある田舎の小さな町でこんな事があったんです。 最初に目撃したのは、町で小料理屋を営む店主のNさん。 梅雨も開け始めた蒸し暑い七月の頃、Nさんがその日の仕入を終え店に戻る途中の出来事だったらしいんですけど、その途中、竜胆の花柄模様の着物を着た、艶やかで品のある女性が、風呂敷に包まれた西瓜の様なものを手に携え目の前に現れたそうです。 Nさん、その女性を見てつい見とれてしまったそうですよ。 綺麗で色っぽい人だなあ、この町にこんな女いたっけ? そんな風に思っていると、女は上品にNさんに頭を下げてきた。 Nさんは照れ笑いを浮かべ頭を下げ返したそうです。 その次は商店街で床屋さんを営んでいるDさん。 その日は用事があるからと早々に店仕舞いをしようとしてたらしいんですが、ふと道沿いに目を向けると、着物を着た色っぽい女を見掛けたそうです。 女が持っていた風呂敷を見てDさん、ああもうそんな時期なんだなあ、うちも暑中見舞い用意しなきゃなあ何て思ったそうですよ。 そんな感じで町のあちこちで着物を着た綺麗な女の目撃情報が相次いだそうです。 小さな田舎町ですからね、直ぐに噂になっちゃう。 やれ東京から引っ越してきた金持ちの奥さんだ、新しく出来た飲み屋の女将さんだ、みたいにね。 しかも美人で着物姿、いつも西瓜の入った風呂敷を大事そうに持ち歩いてる。 そりゃ噂にもなっちゃうわけですよね。 そんなある日の事なんですけど、町の町長さんであるKさんも、件の女に出会したそうなんです。 噂に違わぬ綺麗な人だなとKさん、他の人と同じ様に、やはり見とれちゃったそうですよ。 女の人はお淑やかにKさんに頭を下げ通り過ぎようとした。 Kさんぼおっとしてて、思わず女を呼び止めたそうです。女が不意に振り返った。 そしたらKさんの手が風呂敷に当たってしまい、地面に落ちちゃったんですね。 慌てて拾いあげようとしたその時、Kさんの手が止まった。 その瞬間、あんなに上品そうだった女が目を釣りあげ、落ちた風呂敷を荷物事慌てて拾い上げたそうです。 女はそのまま早足でその場を立ち去ってしまった。 Kさん呆気に取られながら女の後ろ姿を見送ったそうですよ。 それから数日後、町で大事件が起きた。 町外れで一人暮らしをしていた住人の、首なし遺体が発見されたそうなんです。 小さい町ですからね、もう大騒ぎですよ。 更に警察の調べでは強盗殺人だって言うから、町の人達おっかながっていたそうです。 しかも肝心な首が見つからない。 猟奇殺人だってな感じで。 そしたらね、Kさんがこんな事を町の人に告白したそうです。 「女が持っていた風呂敷を拾いあげようとした時、変な臭いがしたんだよ、妙にすえた生臭い臭い、しかも西瓜だと思っていたものがどうも違うんだよ」 そんな風に言ったそうです。 じゃあ何だったんだって聞かれるとKさん。 「黒い髪の毛みたいなのが見えた……」 そう言ったそうなんですよね。 警察に言った方がいいんじゃないかって言われて、Kさんそうしようと思ったそうです。 ですがなんと、犯人が捕まったんですよ。 Kさんが通報しようとした正にその矢先にね。 あんな上品な女がまさか猟奇殺人……? 皆そう思ったそうです。 犯人逮捕の知らせは直ぐに広まった。 新聞やテレビでも取り上げられたそうです。 その内容には……。 『犯人は土地勘もない、他県からやってきた無職の男……』 Kさん達皆首を捻ったそうです。 事件解決以来あの女の目撃情報は無くなったそうで、犯人は首を持ち去った記憶はないとの一点張り、未だに被害者の首は、見つかってないそうです、消えたあの女と共にね……。
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