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三人の娘
吉信さんはその日、帰りが遅くなったため一人居間で夕食を済ませた。
風呂にも入りたかったが酷い睡魔に襲われたため、先に仮眠を取ろうと寝室へと向かった。
ベッドに倒れ込むように横になり、重い瞼を閉じる。
やがて静まり返る部屋の中に吉信さんの寝息が聞こえ出した時だった。
──ガタ。
ベッドの下から物音がし、吉信さんはハッとして目を覚ました。
訝しげな目を下に向け首を捻る。
誰かいるのか?そう思った吉信さんは恐る恐るベッドの下を覗き込んだ。
「わっ」
暗がりの中人影の様なものが見える。
驚き顔を上げた吉信さんは急いで部屋の明かりを点けた。
「な、なんだ今のは……」
吉信さんはゴクリと喉を鳴らし、再び確かめようとベッドの下を覗き込む。
子供……女の子だ。
いや、よく見るとそれは吉信さんの娘、香苗の姿だった。
放心したような顔で吉信さんを見つめ返している。
様子が明らかにおかしい。
「そ、そんな所で何をしているんだ香苗?」
上擦る声で尋ねたが、香苗は返事も返さず黙ったまま。
何かあったのかと吉信さんが困り果てていると、突然部屋のドアが音を立てて開かれた。
体を起こし入口に目をやった瞬間、吉信さんの顔が凍り付く様に固まってしまった。
異様に見開いた吉信さんの視界の先には、ベッドの下にいたはずの、彼の娘である、香苗の姿があったのだ。
「な、何で……えっ?いや、香苗?」
「ん?どうしたのお父さん?」
入口にいる香苗が不思議そうに首を傾げて見せた。
「いや、ベッドの……」
そう言いかけて吉信さんは急いでベッドの下を覗いた。
そこには先程と同じ、娘の香苗が横たわる格好でこちらを見ていた。
よく見ると顔を強ばらせ、微かに震えているようだ。
「だ、誰なんだお前……?」
吉信さんが震える声で尋ねた。
すると、ボソボソと何か返事が聞こえた。
「お父さん何かあったの?」
入口の方からは香苗の声が響く。
いつもの聞き慣れた調子の声、間違いなく娘の声だと吉信さんは確信した。
ではこのベッドの下にいる人物は?そう思い吉信さんは怯えながら耳を澄ませた。
「だ、だめ……」
「だ、だめ?何が?」
「見つかっちゃう!!」
「えっ!?」
その瞬間だった。
「香苗ちゃんそこにいるんだあああ」
吉信さんは背筋を震わせ顔を上げた。
そこには真っ黒な瞳に、耳まで裂けた赤い口を、にんまりと歪ませた薄気味悪い少女が立っていた。
吉信さんが恐怖でわなわなと震える口を開く。
「だだ、だれだ!?」
すると、少女は首を有り得ない角度にがくんと傾け、嬉々とした不気味な笑みを浮かべて見せた。
「香苗ちゃんちょうだああああい!!」
突然少女が両手を広げ飛び掛り、吉信さんはそこで気を失ってしまった。
その後、吉信さんはベッドで気を失っているところを、奥さんと娘さんに助け起こされた。
目を覚ました吉信さんは直ぐに先程の出来事を娘に尋ねたが、娘はそんな事は知らないと首を傾げてきたという。
あの少女は一体……そしてベッドの下にいた少女は……。
酷い夢を見た……吉信さんはあの日の出来事を、今ではそう思う事にしているらしいが、最近一つ悩んでいる事があるという。
香苗の様子がおかしいと。
たまに何も無い虚空を見上げにんまりと笑うらしく、本人にそれを尋ねても気付かなかったと返事を返されたとの事だ。
その笑みを見る度に、あの日の夜に見た、不気味な少女の笑みを思い出してしまう……と。
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